かつて、江の島湘南港から伊豆半島へ向かう高速船が就航していました。

日本高速船という会社は小田急が設立した会社で、
オリンピックを目前に控えた江の島から、
熱海を経由して伊東まで向かう航路を設立しました。


詳しいことは吉田克彦氏の「湘南讃歌」(2006年、江ノ電沿線新聞社刊)に
詳しくまとめられているので、そちらを確認していただきましょう。

たぶん江ノ電エリア以外の書店には置いていないので、その時はここで買えます↓
 




その船として用意されたのが、
1963年12月5日に就航した水中翼船、わかしお号です。
日立造船がスイスのシュプラマル社と技術提携し、
神奈川工場で建造したPT-50という水中翼船です。

1963年3月に1号船「はやかぜ」を関西汽船向けに納入。
(船の科学 1963年4月号より)
その後名鉄海上観光船向け2号船「王将」を納入し、
「わかしお」はその3号船として建造された当時の最新鋭の高速船でした。


1号船のはやかぜの資料はあるんですけど、
わかしおの資料が見つからないんですよね・・・。

ちなみに、瀬戸内海汽船仕様のPT-50の模型は
船の科学館が所蔵しているそうです。↓
http://www.maritime-science.jp/index.php?app=shiryo&mode=detail&list_id=173164&code=01&data_id=1413


さて、ここからは「わかしお」の雄姿に迫りましょう。
まずは当時配布されていたと思わしきパンフレットです。

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当時のダイヤが分かる資料です。
どうやら江の島湘南港を中心としていたのではなく、
伊東で夜間滞泊するような運用をしていたようですね。

そして運賃が江の島~伊東で1000円。
国鉄初乗り運賃が20円の時代、
今でいうと7000円もかけて江ノ島から伊東に向かう客が果たしていたのやら……
大島については東京湾を抜けるのに対し時間的メリットがあるような話がありましたが、
天下の東海道線がある中で、江の島経由して伊東、となるのは
Twitterのオタクだけなのでは?という気もします。
当時の東海道線のサービスレベルが気になりますね。
鉄道貨物輸送が最盛期だった時代、今ほど旅客列車の本数もなかったかもしれませんし。

当時ドリーム交通モノレールが大船からドリームランドまで170円というのも
こう見ると安く見えてきますね。なんというか道楽の乗り物という印象。


江の島~熱海~伊東の運行で一点気になるのは、
水中翼船が専用の係留設備を必要とする船であること。

水中翼船は船体を浮上させるための大きな翼を持っています。
これは船の幅より広いので、接岸しようとして岸壁に近づくと
この水中翼が干渉してしまうのです。

桟橋概要

そこで、画像で示すように船体を押さえる装置を取り付けて、
岸壁にゴリっとぶつからないようにする、水中翼船専用の接岸設備が必要なのです。
(これが水中翼船の普及を妨げる一因になるのです……。)

そんな岸壁を湘南港に設置できたのか?

そのヒントは、藤沢市文書館にありました!
(熱海と伊東はパッと調べて出てくるものがなく、もうちょっと調査が必要そうです。)

以下に示す画像は、昭和38(1963)年8月、
広報ふじさわに掲載されたとされる、江の島湘南港の予想図です。
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藤沢市文書館提供)

岸壁に大きな船が停泊できる桟橋があり、
その右上に、小さな船が停泊しているのがお分かりいただけるでしょうか?

そして、そこから伸びる航路は、
大島、熱海とあります。
大島航路は東海汽船の「さくら丸」のことを指しており、
上にある小さな船こそが、わかしお号の停泊場所と考えられます。


予想図に対してこちらは1964年9月ごろに撮影された、
湘南港の全景です。

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藤沢市文書館提供)

左下に見えるのが、
いつも釣り好きのおじさん達がいる大型船の岸壁です。
最近は例年12月になると掃海艇が艦艇公開にやってきていましたが、
2005年あたりにはこんごう型護衛艦の展示実績もあり、
わりと大きな船も展示できるようす。
(受験で忙しく写真が納められず、以来ずっと掃海艇なのが悔しい・・・)

その付け根から画像中央に伸びる防波堤の上の浮桟橋を見てみます。

phot_koho_al0050p02_002 (1)
(藤沢市文書館提供写真をトリミング)

浮桟橋から、ハンマーのような部品が海にせり出しているのが分かります。
これこそが、ここから水中翼船を運航していた証!

さらに、昭和39年9月に撮影された写真には、
岸壁に停泊するわかしお号らしき船の姿があります。

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藤沢市文書館提供)

phot_koho_al0009p16_6 (1)
(藤沢市文書館提供写真をトリミング・シャープ加工)

アップで見ると、似ているような、違うような……。
日立造船で完成したのが9月といわれていますから、試験で入港したと考えたら
まぁ辻褄はあうでしょうか。



なお、防波堤の形状が現在の地図の地形とは異なっていますが、
これは1990年代に護岸が改良されたらしく、
当時の水中翼船桟橋のあった場所は海に戻され、
その沖合に向かって海上保安庁の桟橋が新たに作られているようです。
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画面左側の防波堤が当時のもの。
ヨットハウスから一直線に伸びるグリーンベルトと
その奥の「さざえ島」は、1990年代に埋め立てられたものです。



今回は、わかしお号のカラー画像もあります。

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こちら先日手に入れた、小田急線全線の記念乗車証です。
見本と書かれているので、各駅に置かれたものでしょうか?

小田急のファンサイトを探しても出てこないものですから、
知らない人の方がおおのかもしれませんね。

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裏面は船の座席見取り図になっています。
140人乗りだそうです。
外からは分かりませんが、内部は3区画に分割されている様子。
強度的な事情でしょうか?
それとも飛行機のような重心の関係でしょうか?

たとえば機関室が中央にあって、
推進軸がそこから伸びているのだとしたら真ん中だけ高くなっているのしょうか?

どちらにしても、現物が存在しない今となっては分からない・・・。

(2021.12.21追記:Twitterでご指摘いただきました。わかしおの中央部にはエンジンルームがあり、さらに中央部の屋根はエンジンの出し入れができるよう取り外し可能な構造になっていたそうです。)

また、日本高速船の乗船記念えはがきを入手したので公開します。
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江の島を出港し沖に向かって進むわかしお号

水深の関係から、船は江の島の外周を回らなくてはなりません。


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こちらは熱海港にいる姿でしょうか?
伊豆半島と思わしき山をバックに進むわかしお号です。


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そして洋上からの空撮。

後部のデッキに人が乗っていることが分かります。
クジラと衝突するリスクを抱える高速船、今では想像できません…。



江の島を出港して45分後につくのは、
東洋のモナコ(勝手に名付けた)、熱海。

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ここも埋め立てによって形を大きく変えたようですが、
セブンアイランドがいるあたりに来ていたのでしょうか。
国土地理院などいろいろ探してみましたが、
岸壁に関する鮮明な画像を発見できず。
いい情報さがしてます。


さて、わかしおについて、
Twitterで聞いた話と湘南讃歌の情報を合わせると、
運航開始から5年足らずの1968年3月、わかしおは瀬戸内海汽船に売却されます。
売却といっても、建造時の船首は日本高速船ではなく住友信託銀行だったようで、
日本高速船が直接売ったというよりは、リース先が変わったというところでしょうか?

瀬戸内海汽船の水中翼船は青い塗装をしているのですが、
わかしおだけはオレンジ色を纏って運航していたそうです。
いくらか写真がネットに上がっていたのですが、Yahoo!ブログとともに海の底へ・・・。

相模湾から瀬戸内海の穏やかな海へ活動拠点を移して活躍したわかしおですが、
1983年に石崎汽船へ売却され、1988年に解体されたとのこと。
(後継の水中翼船の名前は「おおとり5号」というそうです。)

日立造船の水中翼船は船体を支える翼を使って
力学的に姿勢を安定させる構造をしていて、
おだやかな海に向いていた船といわれています。
しかし、安価な高速艇の開発や、
瀬戸大橋やしまなみ海道の架橋により、
活動エリアを失い、とうとう絶滅してしまいました。


しかし現代、水中翼船は進化しています。

それがこのボーイング929という船。
川崎重工がライセンス生産している「ジェットフォイル」と呼ばれるものです。
水中翼船の欠点をコンピュータ制御により解消し、
外洋でも高速運航できるハイテク船です。



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実はこの船、
普段は東京と伊豆大島を目指すのですが、
藤沢市のチャーターで何度か湘南港に来たことがあります。



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「わかしお」というよりは「さくら丸」の航路ですが……




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このころは東京に出た経験がなく、
単に珍しいジェットフォイルを撮影していましたが、
もしこの時私が20代だったら上から俯瞰で撮影するとか、
もっと江の島湘南港らしい写真を撮りに行ったことでしょう。


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江の島の周辺では浮上航行する姿を見れませんでした。

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お台場に行くと、航行している姿を時折見ることが出来ます。

ジェットフォイルにも新造船が誕生したとのことで、
ジェットフォイルを使って大島に行ってみたいですね。

予定がぎりぎりまで決まらない私からすると、
予約をするというのが一番のハードルなのですが、
連休とか使ってうまいこと、脱日常出来たら、さぞ楽しいだろうなぁと思います。