インターネットの普及によっていろんなものが手に入り、
特に地方の古書とかが手に入るようになったので、
色々と物色しては収集する日々。
これを私は、「江ノ電史料勝手に里帰りプロジェクト」と呼んでいるのですが、
収集する金はあっても調査する時間が取れず、
ちょっと溜まってきています。
連休中に少しまとめられればいいのですが……。


ということで、またまた入手した切符の話をしましょう。
記念乗車券の復刻デザインとかで古い切符が入っていたことがあったので、
もしかしたらピンと来る人もいるかもしれませんね。


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江ノ電の切符です。
まず切符の特徴としては、軟券(ペラペラした薄い紙)です。
触ってみた感じとしては、
表面がザラザラと凹凸があります。
復刻の切符は厚紙に印刷されていたと記憶していますが、
実物はもっとペラペラの紙なんですねぇ。

サイズは横が4.5cm、縦が3cmという、
切符にしては珍しくぴったりな寸法。
そしてペラペラなうえにそんな小さいサイズなので、
実際これ使って電車乗った人の中には突風で切符無くすような人もいたのかな、
とか思ったりします。
きっともうこの切符を使っていた人たちはほとんどいないのでしょうけど・・・
話を聞けるなら聞いてみたいですね。

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裏には「見本」の文字。
あやしい…。


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入手したのは、
2区10銭
3区15銭
4区20銭というもの。
区間制を利用しているということは6区30銭まであると思われます。
実はアプリがエラーを起こして、
1区5銭を入手し損ねてしまいまして…。
鋏の形が全て違うのも気になるところです。


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こちらの裏面にも見本の文字が。




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4区20銭
よく見ると、地紋の帯の数も4本になっています。


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切符の背景の図案を地紋というのですが、
こちらは東京電燈という会社の社紋です。

明治時代の江ノ電は、電力会社と鉄道会社を兼業していたので、
大手電力会社の規模拡大のために何度か買収されたのです。
もうちょっと厳密にいうと、
横浜電気に買収されたのが1911年、東京電燈に買収されたのが1921年のこと。

その後1923年の関東大震災で大打撃を受け、
電力事業に専念することとした東京電燈は江ノ電を手放すことにして、
1928年、江ノ電は江ノ島電気鉄道という別会社によって独立し、
それが今の江ノ島電鉄の会社に繋がっているのです。


この会社である時期からして、
1921〜28年の7年間の間に発売された切符であることが、まず読み取れます。

では、切符に記された情報から、さらに絞り込んでいきましょう。

運賃改訂の時期を調べるため、「江ノ電八十年表」を読むと、
大正9(1920)年7月1日、1区5銭の運賃制度が始まるようますが、
大正15(1926)年3月までは通行税1銭が加算されるようになっていたそうで、
江ノ電八十年表の付図には、通行税を含んだものと思わしき1区6銭の乗車券が掲載されています。

ということは、この切符は東京電燈江ノ島線の最晩年の切符とみてよさそうです。

まとめると、こうなります。


1920年 運賃が1区2銭から5銭に改定される
1921年 横濱電気が東京電燈と合併する

江ノ電八十年表の乗車券。地紋が青色、1区6銭(5銭+通行税)。

1926年 通行税廃止、乗車券料金改定(減税によるもので、運賃に変更は無し)

今回紹介している乗車券。地紋が黄色、1区5銭。

1928年 江ノ島電気鉄道が東京電燈から独立


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ということで、この切符が使用された時期は、
1926年4月~1928年6月までの2年間だったことになります。
1926年12月に大正天皇が崩御され、昭和の時代が始まるので、
ほぼ昭和期のものと言えるでしょう。

ますます一枚落札し損ねたことが悔やまれる・・・!

改札鋏の形状も、今ある駅のものとは全く異なるもので、
どの駅の鋏痕なのか調べていくと面白いかもしれません。

そして裏面の見本の文字。
何の目的で前の保有者はこのような切符をまとめて持っていたのか。

戦前江ノ電の謎は、深まるばかりです・・・。