鎌倉水族館という水族館をご存じでしょうか。

実は江ノ電関係の資料に時折出てくるもので、
最近気になっていて調べていました。

今回紹介するのは、江ノ電の遊覧バス案内のパンフレットです。

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1953年、いわゆる定期観光バスが戦後復興の中で走り始めたときの資料ですね。
車輌はリアエンジンバス、民生コンドルです。


ちなみに私は定期観光バスに乗ったことがありません。

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(2009年撮影)

2019年末、来年乗ろうと思っていたら、
2020年はコロナで運休になったきり。今後も復活するのか……。

こちらは定期観光バスのルートです。現在の定期観光バスと一部違いますが、
おおまかな観光ルートは同じとみてよいでしょう。
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地図の中央下に魚の絵が描かれた水族館の絵がありますね。

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観光地紹介の中に鎌倉水族館の姿があり、その解説には
近代的設備と豊富な魚類を多数集めた素晴らしい水族館で、連日大変な盛況を呈しております。
 とあります。


しかし鎌倉水族館についての資料はなかなか見つかりません。
調べてみると、このような記事をまとめている方がいらっしゃいました。


この記事を読んでいて、たいへん詳しく調査されていて、なるほどなーと思った反面、いくつか気になったことがあります。

「全くの素人による運営」

……私はこの一文に違和感を覚えました。
水族館のルーツは見世物小屋なので、学術性が乏しいことはあるにしても、果たして近代的を謳う水族館が本当に素人経営だったのでしょうか。
と言うことで、江ノ電関係の資料から鎌倉水族館についての記述を調べてみました。

しかしまずは一次資料を漁ることが必要です。

記事の情報をもとに、鎌倉水族館のパンフレットが収蔵されているという、鎌倉駅近くにある鎌倉市図書館本館に行き、複写されたものを閲覧すると……。

パンフレットには、なんと当時の皇太子殿下……

そう、ハゼ研究でお馴染み、上皇陛下のお写真が!!

やはりこう言う施設には敏感なのでしょうか。


キャプションには以下のようにあります。

ご説明申し上げている方は顧問となっていられる"かにの博士"として有名な横浜国立大学の酒井恒先生です。当水族館はこの方のご指導を持つて運営されて居ります。


酒井恒(さかい つね)という人物を調べてみると、以下のような経歴がヒットします。

日本甲殻類学会会長

世界的な蟹の権威

昭和天皇の生物学研究の相談役


存じ上げない方ではありましたが、世界に知られた専門家じゃないですか……。




鎌倉水族館は鎌倉市坂の下にあり、1955年には隣接地に鎌倉市民プールが開園しました。
この一帯を、鎌倉水族館、市民プール、他に遊園地を建設して、一大レジャー施設にする計画があったようです。


それを伺わせる資料がありました。

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鎌倉プール便箋 鎌倉市観光課発行(1955年頃)

便箋が鎌倉市民プールの宣伝になっているという変わったものです。
文字を書く部分の周りに市民プールの宣伝があり、
折りたたむと封筒のようになるものです。

その中に、
なんと鎌倉水族館の着色写真がありました!

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私が知っている鎌倉水族館関連資料では唯一のカラー資料です。

パンフレットにある水槽の説明の通りで、非常に鮮明な資料と言えるでしょう。

写真でも見られる様に観覧室内には大きな円型平面水槽があります。これは全部で1個ありまして廻りの角型立体水槽で横から見た魚を今度は上部より見てその比較をしたり、ひらめ、こちなどの保護色の強い魚をよく観察出来る様に作ったものです。これは当館独特の考案で観覧の皆様より絶大なる好評を頂いております。上部に述べた円型水槽のほかに当館には4尺四方の角形立体水槽が22そのほか小型角水槽7個もあります。

写っているのは、小型角水槽と円形平面水槽のようです。

魚を横から見るスタイルは現代の水族館では当たり前ですが、同じ魚を角度を変えてみる仕組みというのは、一周まわったユニークな水槽ですね。



設備面についても調べていきましょう。


この水族館は海水を前の海よりポンプで濾過層に引き一度濾過した海水を高架槽に上げ重力式で各水槽に送っています。
使用した海水は皆海に捨て常に新しい海水と交換しております。これを開放式と云い、海の生物を飼うには最上の方法で、後にのべる循環式では生かすことの出来ない魚も生かすことが出来ます。
この為に学界の生物学博士より鎌倉水族館の魚は実に生きが良く溌剌として居ると賞讃されています。又雨の後等海水に雨水が多く入り込んだり海が荒れて海水が濁ったりした時の備えには一度使った海水を捨てずに別のタンクに導入して同じ海水を何回も使用する様にも工夫されております。これは循環式と云います。
この様に開放式と循環式との両方を採用しているところは少く一方式だけ使っている他の水族館から度々問い合わせが来ております。尚停電の時には5馬力のヂーゼルポンプの設備もあります。


水槽の水、特に海水の調達は困難です。

※淡水の対義語として鹹水(かんすい)とも呼ぶようです。

サンシャイン水族館では人工的に海水を作り出していますが、海沿いならばやはり海水魚を飼うなら海水を引き込むのが一番簡単で確実ということなのでしょう。

またこの開放式、シンプルとはいえ必ずしも時代遅れな仕組みというわけではありません。

しかしパンフレットの記載の通り、荒天で海の水質が悪化した場合に水槽に悪影響を及ぼします。


そこで、水族館と海水を切り離して循環する「循環式」という方法が取られます。

以前油壺マリンパークについての記事でも書きましたが、この循環式を行うためには、魚のフンなどを濾過するフィルターが必要になります。

このフィルターの方式として、浄水場にあるような、微生物の住む砂の層を通す仕組みがあります。しかし、濾過機能は目詰まりを起こしてくるので、定期的なフィルターのクリーニングが必要です。これを「逆洗」といい、濾過水を逆方向に流して溜まった汚れを押し流すのです。


さらに、鎌倉水族館が紹介している循環は「重力式濾過水槽」といい、フィルターに水を垂らすことで水を供給していますが、これは大量の水を濾過するためにある程度フィルターの面積が必要で、大きな水槽を作ることを困難にします。

対して作られたのが、水を高圧にしてフィルターに押し込む「圧力式濾過水槽」です。これによって大水槽が普及していくのですが、こちらは目詰まりのペースが早いので逆洗回数を増やす必要があります。


したがって、非常用に循環設備を整えながら、基本的には新鮮な海水を取り込み続けるという方法は、当時の技術水準からして合理的な判断であるということがわかります。


パンフレットには、今後の展望についても触れられていました。

当館は今の所海の生物だけですが近い将来には淡水の生物や熱帯魚等も置いて皆様にご満足の頂ける様、又修学旅行の生徒様には社会教育の一助となる様特別に奉仕料金にて観覧に供して居ります故、今後当館を御引立の程を御願い申上げます。

水族館に食堂を備えるなど、団体旅行の大規模客を主眼に据えていたようです。



さて、このような鎌倉水族館がなぜ閉館に追い込まれたのか。そのヒントが、江ノ島鎌倉観光が発行していた情報誌「江ノ電観光ニュース」にありました。

※藤沢市図書館(湘南台)で閲覧可能


この情報誌は、江ノ電沿線のイベント情報などを発信するもので、毎号、鎌倉水族館の広告が掲載されていました。その宣伝文句は
「海底の神秘 海の生物の生態が一目瞭然」
というもの。

存在感を放っているようにみえる鎌倉水族館に、手強いライバルが現れます。

江ノ電観光ニュース第4号(1954年8月15日・古瀬幸悦編・江ノ島鎌倉観光観光課発行)に
こんな記事が掲載されます。


江ノ島水族館
 今般完成を見た『江ノ島水族館』は今まで伝説の島・名勝の地・史蹟の島として知られた江の島に科学面の名所即ち科学的観光資源として誕生したものです。
最近同じく科学教室として誕生修学旅行団に大きな貢献をし、好評を博している江ノ島熱帯植物園と共に双璧をなすものと言えましょう。
 構造と言い、規模と言い、東洋一を誇り、建築界、学会からも特に注目されて居りますが、これを「見る」面からご紹介いたしましょう。
 皆様方が一たび海をながめると、その海水の中にはどんな魚が住んでいるだろうか? 海辺の海の底にはどんな動物や植物があるだろうか?又遠い海の底には?ときつと疑問を持たれる事と思います。こう言つた疑問に答えるのがここの水族館です。
 江ノ島水族館にはあらゆる海の生物・海綿・珊瑚虫・エビ・カニ・ヒトデ・タコその他美しい魚類・大きな海亀などが生々として泳ぎ回るありさまが見られ、その他熱帯魚や淡水魚が数百種も飼われていて、海の中の生活そのままのありさまが見られるように水槽の中の構造にも苦心が払われている。二階の博物館は標本類の他に漁業に関する模型など豊富な研究資料が陳列されている。

「科学」に重点を置いた水族館として、その後の歴史に名を遺す近代的水族館、江ノ島水族館が開業したのです。


江ノ島水族館はさらに、小田急江ノ島線の利用者などからマーケティングを徹底しており、
ビジネス面でも優秀なブレインを抱えていたと言われています。

この江の島水族館の開園に因果関係があるかは定かでありませんが、次号にあたる
江ノ電観光ニュース第5号(1954年9月15日・古瀬幸悦編・江ノ島鎌倉観光観光課発行)には
こんな記事が掲載されました。


鎌倉水族館附属遊園地完成
鎌倉水族館では客層の分析結果から、子供向の遊園地の整備を計画していたが、今般豆汽車その他の遊戯物を備えて、遊園地が出来上つた。同地の隣に鎌倉氏が国体向きに五十メートルプールの設立を計画しているので、同地附近は一大レクリエーション地帯となり各方面から期待されている。
同水族館も魚類の増加と施設の完備に努め、営業方針も「団体」に重点を置き、大幅の割引を実施している。
入場料 大人 三十円
小人 二十円
団体割引 三十名以上
「科学教育」を意識していた鎌倉水族館。
開館から1年して、レジャー施設へと方針転換を図っているように見えます。

鎌倉水族館の立地は鎌倉の坂の下。
バスの水族館前下車という立地は、電車でのアクセスには苦しい。
かたや小田急江ノ島線片瀬江ノ島駅から徒歩圏内の江ノ島水族館。

レジャー施設というのも、鵠沼海岸西浜一帯でドライブインや遊園地といった観光施設の開発が小田急や東急など電鉄主導で進んでいた時代。
勝ち目があったか……。


東海大学海洋学部博物館の「海・人・自然」第4号に、
「神奈川県の水族館史」という論文が収録されていて、
鎌倉水族館や江の島水族館に関する記述を見ることが出来ます。
https://www.muse-tokai.jp/wp/wp-content/uploads/2017/09/bulletin_04.pdf


鎌倉水族館と江ノ島水族館の違いでまず違いが出てくるところは、水槽の数。

鎌倉水族館が、ガラス張り大水槽十六、露出大水槽四、小水槽十数個、計30個前後とするなか、
江ノ島水族館は(予備含め)海水25、淡水15、木製水槽11、ガラス水槽59の計110個近く。


また江の島水族館の開館当時のパンフレットを読んで照らし合わせてみると、
その特徴には以下が挙げられます。

・建物に備えつけの水槽の採光について考慮した先進的な建築
・近海のみならず淡水魚や外国種などの展示
・加熱槽・冷水槽を利用した水温調節による水族の周年飼育


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江の島水族館の館内(「東洋一江ノ島水族館案内」江ノ島水族館発行)

さらにその後の江の島水族館は鯨類の展示に力を入れ、
1957年のマリンランドを開園させ、日本初のイルカショーを開始します。

これが大きなインパクトとなり、
観光バスのルートも鎌倉水族館から江ノ島水族館にシフトされていったとか。

結果、1959年、鎌倉水族館は閉館となってしまうのです。


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現在はレジャー施設の香りなど無く、
静かな海辺となっている坂の下。

かつては子供たちへの科学教育という使命を持って作られた施設が多数作られました。
江ノ島展望灯台もその一つで、その完成度に違いはあれど、さまざまな努力が行われたことが見えてきました。

今後も弊サイトでは鎌倉水族館関連資料の収集・調査を進めていきたいと思います。
何かご存じの方がいらっしゃいましたら、ぜひコメントなどで教えていただければと思います。


そして、コロナが収まったらぜひとも定期遊覧バスを再開してほしいものですね。

かれこれ70年ほど変わらないルートで走っていることがわかったので、体感してみたいです。一台まるっと貸切のも魅力的だなぁ……。

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読者の皆様とバス旅ができる日が来ることを願って。

それでは!