鵠沼という町は地名通りかつて沼地で、
明治になってから別荘地としての整備が行われました。
また江ノ島を近くに持つことから、境川沿いを走る江ノ島電鉄、その西側を回り込んで走る小田急江ノ島線と、観光開発のための鉄道整備が進んでいます。
そんな中で、小田急と江ノ電に囲まれた地域に、1本のバス路線が走っていることをみなさんはご存知でしょうか?
今回ご紹介するのがその「高根線」と呼ばれるバス路線です。
藤沢駅南口〜高根 を10分程度で走行する路線です。
並行する小田急江ノ島線が安いし速いので、乗り通すメリットは無いと言えば無いのですが、
鵠沼という土地を知るには面白く魅力的な路線なので紹介したいと思います。
高根バス停は、小田急線鵠沼海岸駅の近くにあります。
駅前商店街のはずれ、いった感じでしょうか。

しかし、ここはあまりバスロータリーという雰囲気ではありません。

バスがやってきました。

江ノ電の日野ポンチョ、
かつては「こまわりくん」なんて呼ばれていたバスです。

20年前はこのツイートに示すような日産ディーゼルRNが使用されていました。

屋根の上に「こまわりくん」と書いてあったのです。

その後、日野リエッセに更新されたあとも、屋根の塗装こそないものの、
前後の「こまわりくん」の表記は残っていました。
しかし、現在の日野ポンチョになったあたりから「こまわりくん」の愛称は消え、
いつの間にか忘れ去られたネーミングとなっています。
こまわりくんになる前は中型バスが使用されていたんだとか。
さて、やってきたのは終点となる高根停留所。

そう、このバスターミナル、
相鉄ローゼンの駐車場と共用しているのです!
ここでぐるっと大回りして、バスが停車します。

高根→上岡→郵便局前→藤沢駅
高根は鵠沼海岸駅最寄り、
上岡は本鵠沼駅最寄りのバス停です。

日中ともあってガラガラですが、
この路線は朝から晩まで30分おきに運行しているので、
たとえば高根なら、「28分と58分」と覚えておけば、平日も土日も気軽にバスに乗ることができます。江ノ電の電車と同じで時刻表のいらないダイヤ設定をしています。
高根を発車すると、さっそく小田急江ノ島線の踏切を渡ります。

バスが踏切を渡る光景はこの辺ではあまり見られないので個人的には貴重です。

踏切を超えると、今度は狭い道路を走ります。

こんなふうに車がすれ違うのも大変な生活道路をこまわりくんが走ります。

あまりにも狭いので、バス停ではこのように、路地に面した部分にポールが設置されています。ここから藤沢行きバスに乗ります。
バス停がなければただの交差点ですが、それらしく自販機や掲示板が置いてあるところがこの路線の歴史の古さを物語ります。
狭さゆえの苦労がもう一つ。

あまりにも狭いので、バスポールは1か所しかありません。
反対側のお客さんはどうやって乗り降りするかというと、

このように少し先の路地にバスが止まります。
そこで待っていてくださいと書いてあるのです。
実はこのような狭いバス停だけではなく、
バスを待てるような土地を地主さんが提供しているバス停などもあり、
この路線が地域に根付いていることを伺わせます。
かつては鵠沼といえば別荘地でした。
子供のころ歩いた道は、石壁から溢れる鬱蒼とした松林の中にあったわけですが、
現在では驚くほどに宅地化が進行し、道路も改良の手が入ってきています。
いずれはもっと走りやすい道路になるのでしょうか。
バスは熊倉通り、高松通り、高瀬通り、橘通りと名付けられた道路を進んでいきます。
この辺りの道路は、車がやっとすれ違えるような狭さの道路ですが、
それぞれ名前がついているのです。
それぞれの由来などについてはこのサイトがとても詳しいです。
この道路群は、高瀬彌一という人物が地主から土地の提供を受け、民間主導で建設した道路で、
その名残で通りには提供者の名が当ててあるそうです。
(厳密にはそうじゃないところもあるらしい)
自動車交通を意識しながらも真っ直ぐには道路を引けず、結果、ややクネクネとしているのだとか。
この人物は江ノ島に水道を送った人物とも言われてまして、ポケットマネーをインフラ投資に使う凄い人物だったようです。今まで聞いたこともありませんでした・・・。
ここは藤沢駅にだいぶ近づいた郵便局前停留所。
藤沢橘通郵便局の最寄りです。

日野ポンチョの車幅は1930ミリ。2台の車が必死にすれ違うよう見えますが、乗ってみると思いの外バスはスイスイ抜けて行きます。
これがプロのドラテクですね!
リエッセが2090mm、その前の日産ディーゼルRNが2.3m級と言いますから、バスはどんどんスリムになっていることがわかります。
先先代のバスは図体でかかった印象がありますが、やっぱりそうだったのか…乗ってみたかったなぁ。
郵便局前という停留所は藤沢駅から2つめ、
藤沢橘通り郵便局の目の前にあります。

2021年8月、このバス停の高根行きのバスポールが撤去され、
代わりに壁掛け式の標示が郵便局の外壁に貼り付けられました。

えのんくんが郵便局員の衣装を着ているというかなり凝ったデザインです。

こちらにも郵便局員えのん。
江ノ電バスってこんな風にオレンジえのんを推してあれこれ頑張ってるなぁと思います。
戸塚のほうの路線にはえのんくんを描いたバスなんかもあります。
ここで郵便局に用があり、
折り返し便を撮影してみる事に。

小柄なポンチョすら大きく見える狭小道路を右折する様子をご覧ください!

橘通りを右折して高瀬通りへ向かいます。

この交差点は実は江ノ電石上駅の西側にあって、
少し歩くと踏切にたどり着きます。

先程の交差点が遠くに見えて、道が左に曲がっていくのがお分かりでしょうか?

こまわりくんは30分に1本、江ノ電は12分に1本なので、
帰りのバスが来るまで時間が空くようなら、歩いて江ノ電に乗ってしまうのもテなのです。
藤沢方面なら歩いてしまっても苦では無いと思いますが、橘通りに比べて圧倒的に歩道が整備されて歩きやすいのがこの江ノ電通り。
ちなみに、バスをそのまま乗り通すと、橘通りを通って、江ノ電第二ビルの先にある交差点にやってきます。

藤沢駅南口の降車場で降ります。
折り返し時間はかなりカツカツ。せっせと折り返して発車していきます。

藤沢駅南口の高根行きのバス乗り場は
小田急百貨店前の5番乗り場、2021年現在では高根線専用のバス停です。

夕方になると帰宅利用者が増えてきて、
わりとぎゅうぎゅうになります。
高根まで乗りとおす人はそうおらず、
途中の中岡や上岡でぼそぼそと降りていきます。

そして高根で何人かの客を下ろして少し待ち、
また藤沢駅に帰っていきます。
乗っていて色々気になったことがあり、
こんな面白い路線、いつから走っていたのか調べてみようと思ったのです。
どうやらこの路線、住宅開発の一環で出来た新興コミュニティバスとは異なり、
そのルーツは戦前までさかのぼる由緒ある路線らしいのです。
ところがあまりにも分からないことだらけで、
国会図書館や国立公文書館、所蔵資料などあれこれ巻き込んで調査しています。
ただ、あんまりにも先が見えないので、まずは乗車録だけ残してみることにしました。
あとは今回の執筆にあたり、高根線や江ノ電のこまわりくんの写真をいくつか引っ張り出したので、
歴代こまわりくんフォトギャラリーをお楽しみください。
日産ディーゼル・スペースランナーRN

1997年9月に藤沢営業所へ導入された、初代小型バス「こまわりくん」
1997~1998年にかけて導入された形式「KC-RN210CSN」です。
その頃江ノ電バスは新規路線の開拓を行っていて、
この渡内中央行のバス路線もその一つ。
「江ノ電の100年」によれば、開業日は1997年10月6日、七里ヶ浜循環と同日だそうです。

バスはシャーシを作るメーカーと車体を作るメーカーが分かれているのですが、
当時江ノ電は富士重工車体を好んでいた会社でした。
その後、富士重工が車体制作から撤退すると、
福岡の西日本車体工業という会社の車体を多用するようになります。

こちらは2001年に鎌倉営業所に導入された「KK-RN252CSN」という形式のバスです。
江ノ電初のスロープ付き小型バスとして導入された車で、
営業所の関係から藤沢駅で見ることはありませんでした。
この大船駅~ひかりが丘循環は、2001年1月8日運行開始。

なんとなーく雰囲気はは似ているんですが、
ライトの形状とかよく見ると違うかな、というくらいの違いしか知らなくて
あまり写真を撮っていませんでした。
日野・リエッセ

2000年頃から新規路線の開拓を進めるにあたって増備された車です。
藤沢営業所と、上大岡方面を走る横浜営業所に導入されました。
横浜の車は上大岡を中心に走っているため、
私にはほとんど縁がなく見たことない車ばかりです。

リエッセにはカラーリングにバリエーションがあり、
後ろにENODENと書いてあるタイプと、文字がなく絵柄が大きいタイプがあります。
他に中扉にリフトを有している車などがあり、
車両定員も37名のものと40名のものが存在するようです。
現物がなくなってから知りましたが、結構沼が深い車のようですね。

この506という車は、現在九州で個人の方が所有しています。
ウィンドウウォッシャーに「こまわり液」とラベルを貼るガチっぷりで脱帽です。
(長谷液がなくなって、この話題もいつか通用しなくなるのかな)

リアにも「こまわりくん」の表示があります。
しばらく予備車として湘南営業所に残っていましたが、2019年に除籍されたようです。
やはり江ノ電名物といえば富士重工や日産ディーゼルというところがあり、
どうしても趣味誌の取材記事も少なくなってしまっていたリエッセ。
ポンチョも記事が少なく、さらに上大岡方面ではこまわりくんカラーではない
新しいデザインのポンチョが走るようになったとのことで、
もう少しバスについて勉強する必要がありそうです。
次回のテーマは、「高根線はいつから走っていたのか」ということになりますが、
これについては資料が調査研究がまとまり次第ご紹介したいと思います。
それではまた。
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