朝です。
ガンガン叩かれてつねられたみたいですが、全く起きなかったらしい。疲れてたのかなぁ……。

朝ごはんです。納豆も海苔もあってしっかり食べさせてくれます。ごはん2杯食べました。

お味噌汁にも魚が入っていました。
宿から車で送ってもらい、ガイドさんや他の民宿に泊まっていた方たちと合流。
2日目のガイドツアーは泊神社から始まります。

いい天気ですねぇ。
でも、風は強いんです。
この先に泊海水浴場という場所があるのですが、吹きっさらしで喋れないかもしれないということで、神社の境内で説明をしていただきます。
海の写真を掲げて、イメージトレーニングしてくださいね、見下ろしてくださいと泊海水浴場の眺め方をレクチャーしてくれました。

泊神社は女神が上陸してきたと言われている場所で、参道の鳥居がが社殿に対して真っ直ぐでなく、L字型になっています。
むかしむかし、ある美しい娘があちこちから注目を集めては島々を転々としていた。ある男がこじらせて大蛇になってしまい、娘を追いかけ、泊神社でとうとう出会ってしまう。
そこに式根島の者が助けて、大蛇を3分割して退治した。大蛇の体は飛んでいき、尾は八丈島に、胴は式根島に、頭は大島に飛んで行ってしまった。
大蛇の頭には毒があったので、大島にはマムシが住んでいるが、以南の島には住んでいない、という。
なんて大蛇伝説があるらしい。
「信じるか信じないかは皆さん次第ですけどね」と言われていましたが、
マムシの生息域を科学的な言葉を使わずに教育するとなるとこうした伝承が広がるのはなんというか、非科学的ながら理にかなっている気がします。
我々江の島から来た人間ですから、五頭龍と天女が結婚しようが仏様が海を渡ろうが何しようが動じませんので。大丈夫大丈夫(何がだ)。

こちらはお神輿が入っている神楽殿。
11月にお祭りがあるのでそろそろ準備が始まるそうです。

こちらが社殿。三島大社を向いて建っているそうです。

お参りしていきます。
女神様なので男性にはさらにご利益があるとか…?

では!海水浴場へ行きましょう。

まだでも海水浴場も風が強いから、砂もガラスの材料になるようなやつなんで危ないから近寄らないことになりました。
こういう夏休みを小学生くらいに過ごしたかったなぁ、って光景です。

杉の木は島外から持ち込まれたもので、建材のために植えられたものが多いようですが、根が浅いために島特有の突風に弱いんだそう。
鬱蒼としている木々も、土砂災害などを食い止めてくれる大事な存在なのです。

海が見えてくるかな、でもまだ見えない。
1000歩も行かないくらいなのですぐだと思うんですが。

道案内がすごく丁寧なので、一人旅でも迷いにくそうです。

モヤイ像が設置されているはずが消えていた跡。
式根島には70基ほど、新島には90基ほどのモヤイ像があるんだとか。
モヤイは単純なもじりではなく、様の言葉として「もやい」には繋がるとかそういう意味があるそうで、そことイースターのモアイを掛けているとのことでした。
(船乗りがロープで作る「もやい結び」と同義?)

泊海水浴場にやってきました。

風が強いですね、
砂粒もパサパサ飛んでくる感じですが、ここでトイレ休憩しつつガイドの話を聞きます。

海水浴場も水蒸気爆発でできたカルデラの湾らしく、その上は展望台になっています。

ガイドのトークは、強風のとまり浦でも、とまらない。

こちらが泊海水浴場です!
式根島の中で最も穏やかなビーチがここで、ここが荒れるとどこも荒れているんだそうです。
水温28度以上になるとエメラルドグリーンになります。

遠くにぼんやり見える半島が伊豆半島、その左端が下田市です。

ここ式根島は流刑の地。大島から泳いで脱走しようとする者が多く、さらに遠い島が選ばれるようになったらしい。
流刑人は江戸から陸伝いに下田まで来て、そこから全力で漕いできたと言われているそうですよ。

ここは風待ち港として流刑人を乗せた船を置いておくわけですが、そのとき見下ろせる場所に役人が居て、流人が這い上がってこないように監視しているわけです。
流人は必ずしもワルが送られてきたわけではなく、拘置所が溢れて問題を起こした人が流刑にあったりとかしてやってくると、ここで文字を教えたり文化をもたらすなど、島の発展に協力した人もいたようです。
関ヶ原で西軍として戦い八丈島へ流された宇喜多秀家、新撰組最後の局長として新島に流された相馬主計などが風待ちにやってきているようです。

すっかり波が砕けて白くなっています。

ざぶーーん

どっぱーーん。

海水浴はちょっと厳しいですね。

コロナで人がいなくなった時にはウミガメやイルカが泳ぎに来ていたとか。

ある時、観光客がここで花火をやったとき一面が火の海になってしまって、島中が大騒ぎになったことがあるそう。
しかし水道のない式根島、防火用の貯水槽の真水を汲み尽くしてしまい、ポンプの故障や植物の塩枯れを覚悟して、渋々海水を撒いてなんとか鎮火に成功、それ以来しばらく水まきを地道に続けたら植物がまた生えてきたとのこと。
みなさま、くれぐれもご注意ください。

港に向かって歩いていきます。

ここは泊神社の神様が上陸した場所とされる場所。地名を失念してしまいましたが……入江になっています。

新島の灯台は海上保安庁が地元自治体と連携して作ったデザイン灯台と呼ばれる灯台なんだとか。
伊豆諸島ではほかに大島岡田港の椿娘をイメージしたものが該当するらしく、大島に寄る時に見てねとのこと。
ちなみに補足ですが、湘南港の灯台もデザイン灯台。
相模湾沿いの葉山、大磯、小田原と、定期船とか無いのにみんなデザイン灯台なんだそうです!

早島と、新島がよく見えます。


もう少し近くから。
調べたら、史跡の灯台があるらしくそのデザインに似せたらしいですね。

でもこう、道と港と海と山、なんというか違う世界に来た感じをひしひしと感じます。
そもそも白米プレートの関東地方と違いフィリピン海プレートの上に乗っている島ですもんね。

この切り通しを抜けたら野伏港です。

なんか埋め立てられた岸壁に岩がある感じ、江の島の聖天島公園を思い出します。

この一帯は、10年間続いた1度の噴火で流れた溶岩の終着地点。
1日目で回った唐人津城が式根島の噴火口と言われていますが、ここまで流れた溶岩が島を作っているということです。

厳重にフェンスで囲われていますが、落石が多いためだそうです。
地層的にも面白いものがあるそうですが、解像度がなく…。

しばらくここで待ちます。

野伏港の待合所です。

窓の形とかオシャレですよね。

1階にはトイレとコンテナを動かすフォークが。

綺麗な海です。
宿の方はウミガメが見えるんですよと言っていましたが、うーん、ここからはよく見えませんね。

岸壁に漁船がちらほらと並びます。

大小さまざま。

なるべく自然の山を壊さないように港を作ったのだなと思います。

待合室に愛さんがいました。

記念撮影です。

ミニオンの像もありました。
「一番娯楽のない場所で映画を上映する」
ということで選ばれてしまった式根島。島民向けに試写会が開催されたそう。

これは警察のキャラクターをブロックで作ったものだそう。

おや、これは。

あぜりあ丸の部品のようです。
いまの「フェリーあぜりあ」の先祖です。

古い船の写真なども掲示されていました。

さて、そろそろ岸壁で待ちます。

並ぶコンテナたち。

防波堤に描かれた ようこそ式根島へ という看板。

こちらも記念撮影

お、船が来ました。

セブンアイランド結です。
5日の往路はセブンアイランド友が江の島発大島行を担当、その後東京便として芝浦に戻ったようで、結は熱海始発便を担当した後、東京へ戻る運用を友にバトンタッチして式根島へ回航されてきたようです。

波を巻き上げていますが、航行に問題があるほどの揺れは見受けられません。

新島バックのJF、かっこいいですね。

ポーッポーーーッと2回汽笛を鳴らして着水します。

かなりギリギリで着水完了して止まります。

デザイン灯台とツーショです。

いよいよ島を離れる時間がやってきました。
観光協会の方には本当に感謝でした。1聞く前に10教えてくれる島の名物みたいな方でした。
その話術がどこから生まれたのかとても気になったりしました。
さて、我々が式根島を発って、このあと大島フリータイムとなるわけですが、またハプニングが起きます。
これだけで1回分くらいあるので江の島への帰路はまた次回とさせてください。
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