2023年、大船軒がJR東日本の1ブランドとなり、法人としては消滅することとなりました。

大規模な組織改編の渦中にいた、大船軒の激動の2023年度を振り返ってみようと思います。


従来から大船軒はJR東日本系列企業の完全子会社でした。
駅ナカの急速な発展によって駅弁の需要が減り、2009年には駅弁事業をNRE(日本レストランエンタプライズ)の完全子会社となりました。
NREは旧国鉄時代に日本食堂という名前で特急列車の食堂車営業を担っていた企業ですが、90年代にJR東日本傘下に入り、駅弁事業の集約化をすすめてきました。

その後2020年にJR東日本フードビジネスと合併し、JR東日本フーズと名前を変えていました。JR東日本フードビジネスのビジネスはベックスコーヒーショップ、ハニーズバーのほか、駅ナカ店舗をフランチャイズ経営していました。


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しかしハニーズバーは2023年8月に全店舗が撤退しています。

さらに2021年にはJR東日本リテールネット(旧東日本キヨスク)と合併してJR東日本クロスステーションとなります。

そして2023年4月1日をもって、JR東日本サービスクリエーションが、子会社であった日本ばし大増(チキン弁当、深川めし弁当などを製造)と大船軒を吸収合併することになったのです。

しばらくそれぞれの工場は残りましたが、6月から埼玉県戸田市の工場に集約されることとなり、事業所の削減がとうとう始まったのでした。

2023年5月15日


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大船軒本社ビル。1931年築のモダンなビルです。

茶のみ処の営業が終了するとのことで訪問することに。
というのも、JRクロスの食品製造は埼玉県の戸田市に集約されることとなり、大船から撤退することになったのです。

それ以前から「人手不足」を理由に営業日が日に日に削減されていくという状態で、なかなか訪問できず。


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エントランスです。

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入口には様々なプレートがあります。


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照明もおしゃれです。


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ホーローも今時見ない看板で老舗を物語っています。

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玄関ドアの上の窓もおしゃれですね。



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では、いざいざ。

「前にも来てくれましたよね?」
と声をかけられる。びっくり。だいぶ前なんですけどね……。お世話になっております。


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ここにはいつも落ち着いた空間があります。


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小さな椅子たちもお別れかと思って撮影。
その後、JREモールで売りに出されていました。


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古くからあるらしい神棚も。
失礼ながや、でもこれも建物の記録のため……。

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かつての弁当関係の史料が並ぶコーナー、明日もここは応接室のように豪華です。
棚にはなぜか小名浜美食ホテルの江ノ電弁当タンコロの姿が。


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そしてここのマガジンラックにある冊子がとてもいい資料なので読みながら押寿しを待ちます。


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今に残る貴重な建物であることを書き記しています。
しかし戦時中に海軍に接収され、大船軒の史料は散逸してしまったそうなのです。


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駅弁製造の写真が掲載されています。
この冊子を読めば大船軒のことがかなり勉強できます。

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創業者・富岡周造は、鉄道が開業したばかりの大船で旅館を営みながら、駅構内で弁当などを販売していました。
周造の妻キンは、薩摩藩の家老・小松帯刀の娘。その縁で親交のあった、黒田清隆(二代内閣総理大臣)の勧めで、サンドイッチの製造販売に挑戦し、大成功を収めます。
そういえば、桜木町駅でそば屋を営む川村屋も、初代内閣総理大臣の伊藤博文の進言で構内食堂を始めたと言われていますから、偉人といえど身近なところにいるものだと驚きます。


この成功に対する感謝なのか、大船軒本社ビルの屋上には

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薩摩藩主・島津家の家紋が象られた飾り窓があります。



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戸塚区(旧鎌倉郡)でウィリアム・カーチスという外国人がハムを製造販売していました。
この製法は門外不出でしたが、ある時これを地域住民に伝授したのです。カーチスが考えを改めた理由には諸説ありますが、火災のときに地域住民に助けられたから、とも言われています。
周造はこれを習い、ハムを製造してサンドイッチに使うのですが、ハム単体でも好評を呼び、「鎌倉ハム富岡商会」につながります。
本社の裏手に洞窟を作ってそこを冷蔵庫にしたという資料もあり、万が一将来この本社が取り壊される時、その洞窟が出てきたら面白いのですが。



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明治期の掛け紙は版画を使っていて味わいがありますね。神奈川県立博物館にあるとは。

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昔のサンドイッチの掛け紙。
綴りがよく変わっているようで面白いです。

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こちらが現在の、大船軒サンドウヰッチ。


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ハムサンドとチーズサンドのシンプルな作りです。押寿しよりも一足早く戸田工場製となりました。
その関係なのか、茶のみ処でもサンドイッチは完売が早く、なかなか食べられなかったと記憶しています。

さて、サンドイッチは次第にあちこちで売られるようになり、新たな名物として誕生したのが鯵の押寿しでした。


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握り寿司というのは江戸時代後期に江戸で発展した文化で、関西では押し寿しが伝統的な寿司だったのだそう。
たしかに後者には奈良の柿の葉寿司、富山の鱒寿司など有名なものが挙げられるでしょう。

そこで大船軒は、関東風に握った寿司を箱の中に押して仕上げる押し寿しを発売したのです。

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伝承鯵の押寿しは小鯵を、

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鯵の押寿しは中鯵を使っています。


そしてここまで説明した理由はひとつ。


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茶のみ処の押寿しは、押す前の握り寿司なのだ!
ほんのり温かいご飯に歯応えのある鯵が乗っています。

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小鯵の押寿しにお吸い物、お茶も出てくる居心地のいい喫茶室です。


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押寿しの掛け紙も様々ものが紹介されていました。

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昭和初期の掛け紙は浮世絵の文化を受け継いでいるのか賑やかです。この頃は江ノ電の観光パンフレットなども精密な絵が多く、豊かな文化があったことが伺えます。


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こちらも昭和初期の弁当のもの。
大船軒も鯛めしを売っていたのですね。

小田原東華軒の名物として知られていますが、相模湾のあちらとこちらで採れるものも似ているのでしょうか。

そんな感じで最後の茶のみ処を楽しみ、軽く挨拶をして帰りました。



2023年5月27日 最終営業日。


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最終営業日は天気の良い日でした。
黄色い本社ビルが映えますね。


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お持ち帰りでもしようかと思ったのですが、列の先頭見えないくらい並んでいて断念。


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閉店を知らせるチラシ。

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立派なのぼり。
奥には行列ができていますが、暑いので鎌倉商工会のウチワが配布されたそうです。裏にスポンサーが記載されていて、それが大船軒だったんだとか。


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その後JRE MALLでこの旗は販売され、ツイッターのフォロワーさんの手元にあるとかないとか。



大船軒の集約によってもう一つきになるのが、そう。そば屋です。


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大船軒は、藤沢・本郷台でそば店を経営しています。
かつては鎌倉・大船・逗子でも経営していましたが、
いずれも旧NRE系列のブランドに転換されていました。

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かき揚げそばです。
このそばつゆが甘いのが、大船軒のそばの特徴。

きっと将来の人は忘れると思うので書き記しておきますが、大船軒のそば店を心配する理由として
、この当時、駅そばは冬の時代とも言える閉店ラッシュを迎えていました。
そりゃ当然です。コロナで電車の利用者がいなくなってしまったのですから大打撃だったでしょう。さらに朝に駅で蕎麦を食べて出ていくような経済環境の人ほど電車に乗らなくなってしまったのでしょうね。

振り返れば、
2022年1月に小山駅のそば屋が閉店。
2023年3月には桜木町の川村屋が閉店。
高崎駅や藤沢駅でもホームのそば屋が臨時休業することはよくあって、JR東日本に限らず、東海管内でも閉店や休業が続き、つぎは地元も……と、駅構内そば屋の存続に不安を与えていた時期でした。


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そんな6月下旬に明るいニュースとして、藤沢ホームそば店の看板が新しくなりました。
工事が終わった後、別の日に撮影したものです。
今までの文字が立体的な看板と違い平面に印刷されたものですが、壊れたライトも新しくなりましま。これで、大船軒の名前が今後も残ることが分かりました。安心ですね。

しかし喜びも束の間、「諸事情により、7月16日から休業」を発表。

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看板を新しくしたくらいだし、たまに休業する店なのでよくあること。
休業前にそばを食べたはずなのですが、写真が残っていません。

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しかし当面というのが夏の暑い間とかだと思っていたのですが、その間に藤沢駅の改良工事が始まります。

一足先、3月に閉店していた箱根そばの解体工事が始まるのです。

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閉店直後の様子。


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JR側から3月に見た箱根そば店舗。


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8月には更地化されました。


時は流れ、9月。


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9月16日でしょうか。
店舗の設備不良のため、営業再開時期未定との知らせが新たに張り出されました。

そして、ついにその日がきます。


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9月17日より休業しておりましたが、
店舗が老朽化しており、これ以上の営業継続が難しくなりました。
2023年11月12日をもちまして閉店とさせていただきます。

実は全く同じ理由で保土ヶ谷駅の濱そばも閉店しているのです。きっと老朽化とは違う理由があるのでしょう。

7月から空調機器故障を理由に休業していた高崎駅そばは10月に閉店営業を行いましたが、
この店舗は7月15日を最後に休業したままピリオドを打つこととなりました。

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メニュー表もありません。

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貼り紙も全て取り払われてしまいました。

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営業時と比べると魂が消えたような感覚。


少しあの頃のそばを振り返ってみましょう。


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かき揚げそば。つゆが濃いです!じわっと浸して食べるのが良いのです。


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時折販売されていた唐揚げそば。
大学生の頃、常磐線沿線では我孫子を中心に北千住や金町などでも見かける定番メニューなのですが、東海道線界隈ではあまり見かけない駅そばでした。
ときおり「ジャンボからあげそば」というのが出てはよく食べていました。我孫子も18きっぷとかでふらっと行きたいですねぇ。


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朝そばセット。
卵と脂とそば。朝から食べるにはだーいぶ胃に悪いセットだと思いますが、たまに朝早く寄る機会があったり、電車が遅延していたりすると、魔が刺して食べていました。



学校帰り、会社帰り、湘南号に乗る直前、サッと腹を満たしてくれた藤沢駅ホームそば店。
あまりにも日常的すぎて、全然写真が無いのです。

他のブランドではあまりない、
あの甘じょっぱいつゆの味がなくなってしまった。今になって、ぽっかり穴が開いたような気分になります。

そんな中最後の一店舗となったのが、本郷台そば店。
しかし3月20日に惜しまれつつ閉店となりました。


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お知らせが出た3月5日。
「明日から混雑するぞ!」と雨の中向かいました。
土日は14時で閉まってしまうのです。とても行けない。平日19時のことでした。


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見慣れたのれんがまだ掛かっています。


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閉店のお知らせがあります。


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かき揚げにちくわ天を乗せてみました。


3月20日 営業最終日。

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明るい時間にやっと来れました。
根岸線通学をしていたはずなのに、このお店に来ることはほぼなかったと思います。


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扉が開け放されていて、ちらほらと客が出入りします。
最終日とはいえそば屋ですから、混乱もなく、淡々とそばをすすっていきます。


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特別営業が始まり、喫食証明書が配られるようになりました。裏はいろり庵きらくで使えるクーポンになっています。
最後は天玉そばです。

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そばの他に特別メニューとしては、限定20食の鯵丼が提供されたようですが、20人は無理だって……。

やってきたお客さんそれぞれに丁寧なご挨拶をしていました。すごく仲良さそうに話す方もいて、きっと常連さんもたくさんいたのでしょう。

さて。本郷台そば店閉店の様子までは見れませんでしたので、代わりに大船にある本社ビルの現状を見てみようと思います。

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閉店から9ヶ月後の茶のみ処にはいまだに閉店の貼り紙がありました。
三角コーンで塞がれている他には目立った動きは見られませんでした。でも、JRE MALLであの家具売っちゃったんですよね…。


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平成工場と呼ばれる新しい方の工場も、人の気配がなく静かになっていました。
今では大きなマンションの裏手になっていますが、こんな近くであれだけの弁当を毎日製造していたのだからすごいですね。この辺りは道路も弱いので近隣への輸送も大変だったろうと思います。


ちなみに、大船軒のそばは終売となりましたが、いろり庵きらくの公式Twitterによれば、大船軒のそばつゆは濱そばでも提供されているもので、甘みが強いつゆは大船や戸塚、辻堂などで味わうことができるのだそう。

とはいえ伝統はだんだん変わっていくのが常。
そうと聞いたら早速調査です。

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大船の濱そばへ調査に。
たしかに後味が甘い大船軒ぽいつゆでした。
でも藤沢のはもっと濃いように記憶していました。濃さとか違うんですかね?もしくは半年で舌も変わっちゃうんでしょうか……。

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そういえば、鎌倉駅にあったかまくら推奨品の棚からも大船軒のそばが消えましたね。

さて、そば屋や茶のみ処のスタッフの皆様には親切にしてもらったと思っています。
みなさま本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。

これからも押寿しは販売されるので、パッケージはスチロールから紙箱になったり変わったりしつつも引き継がれていくのだと思います。
残った大船軒ブランドが今後も食文化としてこの街に受け継がれていくことを祈ります。