「壁式小便器」と呼ばれるトイレがある。
その名の通り、壁に向かって用を足すトイレである。

その昔、駅などの公共設備で回転率を上げるために使われていたらしい。
その後、FRPを使った小便器の普及や衛生陶器の大衆化によって現在は姿を消しつつある。
とはいえ、基本的に臭いがキツイケースが大半なため、絶滅すべくして絶滅したのだと思うのだが、ステンレス製のもの清潔を保ちやすいという観点から現在でも比較的多くが残存している。
そんな壁式小便器の中に、
特に筆者が注目して調査している便器がある。


単なる窓のように見えるが、これはトイレである。
このようにガラス窓を使った透明な壁式小便器。
これを壁式小便器と分けるために「窓式小便器」と勝手に呼んでいる。


近年、渋谷区の「カギをかけると不透明になる」透明トイレが話題になって、
すっかり検索を埋め尽くしてしまったが、
バブル期には本当にただのガラスに向かって用を足すトイレが作られていた。
笑ってしまうような話だが、確かに実在するのだ。
その意外性にはまり、気になって仕方がなくなって調査を始めた。
調査方法は2つ、
文献から設備についての知識を得ること、
そして SNSで目撃情報を集め、実際に訪問してその構造を確かめることである。
文献を調べるときは、「壁式小便器」とか色々な単語を混ぜて検索するのだが、
検索の対象はGoogleに限らず、NDL、CiNii、あとはJ-Platpatなども調べるようにしている。
そこで判明したことが、この「窓式小便器」と勝手に呼んでいる便器が実用新案登録されていたことだ。
実全平01-061277https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-H01-061277/23/ja
1987年の出願で、
出願者は、最近では小田急藤沢駅の橋上駅舎工事でお馴染み、大手ゼネコンの(株)フジタである。
壁をガラスにするだけでなく、外の景色を眺めながら用を足すことができるトイレとして、胸の高さから水を流し、目線に水を流さないことでガラス面からの視界を遮らない工夫がされている。

バブル期の建築雑誌を古本屋から買いあさって読むのが最近の趣味なのだが、
当時は金が余っていたせいか、水景設備やアトリウムなどの景気のいい景観設備のほかにも
リフレッシュスペースの充実がオフィスビル建設のトレンドになっていたようで、
フジタもその一環か、「ヘルシートイレ」と題したトイレ空間の研究を行い、
その成果の一部を、本社ビルの広報施設「フジタヴァンテ」に設置していたらしい。
この辺りについてはWikipediaのフジタの記事にもあるので読んでみてほしい。
完全に余談だが、朝日新聞のサーバーにヴァンテの広告ページがなぜか残っていたので紹介しておく。
http://www.asahi.com/ad/ad-sports/
この「ヘルシートイレ」について
「空気調和・衛生工学 66(1)」(1991年1月、空気調和・衛生工学会)によれば、
この小便器には「フィーレット」という名前がついているらしい。
「このトイレは(株)INAXと(株)フジタの共同開発による」もので、
下のパンには陶器を使っていることも説明されていた。
さらに1992年のグッドデザイン商品にも認定されたとあり、
調べると確かに存在した。
https://www.g-mark.org/gallery/winners/9cc2fecd-803d-11ed-862b-0242ac130002
しかし授賞理由については古いためか記載がなく、どういった点が評価されたのかなどは分からなかった。
さて、筆者が「窓式小便器」と呼んでいたトイレは、単に窓ガラスの形状をした小便器の事を指す。
「フィーレット」という製品、
ネットで検索すると様々なところに設置されていたようだが、
これもバブル期のこと。現存している場所は非常に少ない。
さらに窓式小便器には、「フィーレット」ではない別の形状のトイレが存在する。

たとえばこれ。
天井からカーテンのように水が降り、さらに下は石を敷き詰めてある。いずれもフジタの特許に抵触しないようにしているように見える。

こちらも天井からカーテンのように水が流れ、床はステンレスのパンになっている。
この事例でわかるのは、窓式小便器は一つのメーカーが考えて売り込んだのではなく、さまざまなメーカーが多様な技術を考案し納入している点。
その経緯はわからないが、おおよそ1990年代初頭に建てられたものが多いと見る。
ここに調査した窓式小便器の一覧を掲載しておく。
現在も使用できるところの場所は、ざっくりとした情報に留めておいた。
ググれば出てくるので興味のある人は調べてみてほしい。
撤去・建物ごと消失が判明しているもの
- 東京都渋谷区 フジタヴァンテ(フィーレット)
- 広島県 天満屋緑井店(フィーレット)
- 福岡県古賀市 古賀サービスエリア(フィーレット)
- 秋田県 道の駅ふたつい(天井型)
- 東京都渋谷区 恵比寿東公園(天井型)
情報はあるが確認はしていないもの
- 新潟県新発田市 旅館(フィーレット、稼働中?)
- 佐賀県鳥栖市 レストラン(天井型、稼働中?)
- 広島県広島市 焼肉店 (天井型、稼働中?)
- 栃木県宇都宮市 飲食店(天井型、稼働中?)
稼働中の実機を確認しているもの
- 富山県氷見市 ショッピングセンター(フィーレット、稼働確認)
- 徳島県徳島市 喫茶店(天井型、稼働確認)
- 兵庫県神戸市 ステーキ店(天井型、稼働確認)
ほかにも銀座に存在した、など噂レベルの目撃情報があるがここには記していない。
なかでも、フジタが考えていた「ヘルシートイレ」思想を最も忠実に再現しているのが、
氷見にあった個体だと思われる。
ヴァンテのトイレは、トイレの中に坪庭を作り、
屋外に向かって用を足すかのような体験を提供するデザインをしていた。
さらには、ガラスにマジックミラーを使うことで、坪庭に人が立ち入っても男子トイレが見えないような工夫がされていたらしい。
坪庭を屋内に配置しているのは、氷見ただ一か所なのである。
ここからは完全に趣味になってしまうが、
今回の文献調査の過程で調べた特許・実用新案例から、
バブル期に計画された、ちょっとユニークなトイレシステムを紹介していく。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-H04-086859/23/ja
こちらはTOTOが出願したトイレ。
小便器の背後に洗浄水を貯める大型の水槽を設置して水景設備のようにして、
くつろぎながら用を足せるような空間をつくる、というもの。
1990年12月に出願された図面を見ると、小便器がTOTOの高級便器U-850。
好景気のど真ん中にあったことが窺える。
こんなトイレ、実際に作られたのだろうか。それとも本当に絵に描いた餅になってしまったのか。
でも、下田の水族館の洗面台がこんな形をしていたような記憶もある。
今後もネット上の研究家の活動を見守りながらも、調査を続けたい。
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