さいきん、タンコロ研究会の中で江ノ電600形を扱う機会がありまして。

600形、見に行ってきたんですよ。
それから何度か世田谷線に行ったらなんだか面白くなっちゃって。
何回かまとめて掲載したいと思います。

こちらが宮の坂駅。

世田谷線は1372mmのいわゆる東京ゲージの路線ですが、
江ノ電は1067mm、台車を切り詰めて使っています。
モーターを吊りかける側の部品は溶接の痕跡があります。

車内にも入れます。

此の戸、他の戸、というドアスイッチが特徴的。
江ノ電移籍後の改造によるものだそうな。

江ノ電で主制御器を静岡鉄道から購入し、
自動進段の部品に交換してます。
モーターは4両バラバラ。

保安ブレーキの復旧弁がここにあるらしい。

パンタグラフは東洋電機…ではなく、
前身の東洋工機のマークがついたものがついています。

沿線を撮り歩いてみました。

このじきはまだ散りかけの桜。


路地と。
あと、小田急の駅名にもなっている豪徳寺に行きました。

小田急は豪徳寺、
世田谷線の停留場は山下です。
そして世田谷線の豪徳寺最寄りの停留場は宮の坂。
ということで、乗り換えられるのかよくわからない名前ですが、どちらかに改名されるということはないのでしょう。


入り口です。森のトンネルになっています。

山門です。

立派な三重塔です。

境内案内図です。
森が大きいですが、井伊家など著名な人物の墓地もあるので一般に拝観できる部分は一部です。

仏壇が珍しい建築らしい。


鐘楼と桜。

立派な石碑がありました。
そしてなによりこの寺で有名なのが招き猫。

彦根藩の井伊家当主が愛猫に
「お前も何か恩返ししたらどうか」とぼやいていたら、ある日、寺の門前で猫に手招きされた。
寺の門に入ると落雷があり、猫のおかげで落雷を逃れることができた。
そこでここ豪徳寺では招き猫を難避けのお守りとして大切にしているのです。
そしてその井伊を救った猫というのは、
彦根でも猫として、
ひこねの、にゃんこ、
……そう、ひこにゃんのモデルになっていくのです!

いたるところに招き猫が並んでいます。


そして世田谷線でも招き猫電車を運行中。


車内にも招き猫がいます。

吊り革まで招き猫なんですよ。
最近運賃改定があり、
「世田谷線散策きっぷ」のデザインも、
あの古典電車イラストからリニューアルされ、招き猫が描かれるようになりました。

そんな世田谷線、
東急玉川線の下高井戸支線として1925年に開業してから、5月で100周年を迎えて記念のイベントが開催されたり、ヘッドマークがついたりしています。

世田谷区の郷土資料館にも玉電の資料があったので見学に行きました。

119番が普及する前の火災報知器をわざわざひとつ保存しているという、世田谷の文化的なレベル高さ。

これは旧軍施設で衛兵が警戒にあたった詰所。
よく残っていたものです。
600を見た後は下高井戸で喫茶店へ。

京王線を越えて少しすると杉並区なんだそうで。
ナポリターン。

5月。紫陽花が色づき始めたころです。

200形カラーの300形と。

滋賀県でお馴染み、飛び出し坊やのとび太が雨傘をさしていました。

紫陽花の色づきが少なくてかろうじてなアングルを量産しておりました。
やはり日頃から回っている人は強いですね。

山下の商店街の路地。

この時代に直接吊下式架線なんて、トロリーポール時代から使われてるようなものを維持していることに驚きました。あの天下の東急がですよ??
つづいて若林へ。

ここは世田谷線が軌道線なので、踏切ではなく交差点として交差する駅。

普通に車が走っているところに電車がやってきて、電車が信号待ち。

安全設備は踏切並みですが……。

道路信号が赤になると、電車信号に合わせて電車が走っていきます。
そして上町駅へ。

気象告知板を掲示して運用しているんですね。
博物館でしか見たことが無かったので感動しています。

のるるんがたくさんいました。

300形が留置されていたので連接部を観察します。
江ノ電と似たような、枕梁で2車体を支える構造です。

ターンテーブルもお馴染みな感じ。

三軒茶屋駅があるキャロットタワーの上は展望台になっています。
よくみると豪徳寺の三重塔が見えます。

すれ違い。

別日に二子玉川へ行きまして。

道路の脇に細い遊歩道。
これが、東急玉川線の支線、砧線が走っていた廃線跡です。


この沿線にあったお蕎麦屋さんが、いまは私設の郷土資料館として公開されています。
その名も「大勝庵 玉電と郷土の資料館」

館長にお話を聞いたところ、もともと蕎麦屋に地域の古い写真を飾っていたところ、東急社員の目に留まり、玉電にまつわる古いものがあればお譲りしますよ、と声をかけられたそう。
そこでやってきたのが

71号車の運転台機器でした!
71号の幅が、店舗の柱のスパンにギリギリ納まるサイズということで、長津田工場で部品を取り外し、車体は木製で再現してもらって、もとの場所に設置し直した。コレクションです。
こうして、電車の部品をくれた東急、車体の木枠を作ってくれた人、運搬してくれた人、など様々な人の協力によってここに玉電のある蕎麦屋さんが誕生したのです。
当時は特段鉄道マニアではなかった館長も、設置された日には運転台の前に布団を敷いて寝た、とのことでした。
そして、常連さんがだんだん鉄道部品を持ち込むようになり、だんだん博物館となっていったんだとか。
今では東急コレクションが並んで資料性の高いものがたくさんありました。

運転機器を見て、江ノ電にいた601に比べると、たとえばマスコンやドア扱いの機能、そのほかスイッチが揃っていて、コンパクトな仕組みになっているのがわかります。
651のほうは作業台になっているので、それぞれユニークですよね。


左の乗車ドアを開けるスイッチ。

こちらは圧力計。軌道だから速度計はいらないということですね。



運転台右側には車掌が使うドアスイッチがあります。

お店の外には71号のパンタグラフも展示してあります。東洋電機のものですね。
そしてここは、杉並区と世田谷区の境界に位置するということで、世田谷区から郷土資料館としての性質を評価されたそうで、お蕎麦屋さんをリタイアした今も博物館として開館しているのだとか。
「30歳なんてまだ若いんだからなんだって出来るよ」と応援していただきました。
で、「江ノ電のほうから来たんですが、世田谷名所がわからなくて……」と言う話をしたら、
手作りの砧線にまつわる地図や世田谷区が配っているガイドマップをくださいました。
その道のりも大変で、真っ暗闇の中、壁に手をついて歩きます。
険しい修行を暗闇に例えて旅をしていくのです。
長野の善光寺にもあるような感じの洞窟ですね。
さて、世田谷線に戻ります。

終点の下高井戸駅です。
1372mmの京王線がすぐ横を走ります。

通過列車も多く、どんどこと電車がやってくるところです。

駅前の踏切は全然開きません。
一生あかないんじゃないかという勢いで電車がきます。
高架化が計画されているようで事業用地の立ち退きが始まっていました。



高尾山カラー!

ピューロランド電車!

5000系も見れました。

新宿駅まで戻ってきました。大東急時代の幹線を繋ぐ小さなローカル線ですね。
博物館でしか見たことが無かったので感動しています。

のるるんがたくさんいました。

300形が留置されていたので連接部を観察します。
江ノ電と似たような、枕梁で2車体を支える構造です。

ターンテーブルもお馴染みな感じ。

三軒茶屋駅があるキャロットタワーの上は展望台になっています。
よくみると豪徳寺の三重塔が見えます。

すれ違い。

別日に二子玉川へ行きまして。

道路の脇に細い遊歩道。
これが、東急玉川線の支線、砧線が走っていた廃線跡です。


この沿線にあったお蕎麦屋さんが、いまは私設の郷土資料館として公開されています。
その名も「大勝庵 玉電と郷土の資料館」

館長にお話を聞いたところ、もともと蕎麦屋に地域の古い写真を飾っていたところ、東急社員の目に留まり、玉電にまつわる古いものがあればお譲りしますよ、と声をかけられたそう。
そこでやってきたのが

71号車の運転台機器でした!
71号の幅が、店舗の柱のスパンにギリギリ納まるサイズということで、長津田工場で部品を取り外し、車体は木製で再現してもらって、もとの場所に設置し直した。コレクションです。
こうして、電車の部品をくれた東急、車体の木枠を作ってくれた人、運搬してくれた人、など様々な人の協力によってここに玉電のある蕎麦屋さんが誕生したのです。
当時は特段鉄道マニアではなかった館長も、設置された日には運転台の前に布団を敷いて寝た、とのことでした。
そして、常連さんがだんだん鉄道部品を持ち込むようになり、だんだん博物館となっていったんだとか。
今では東急コレクションが並んで資料性の高いものがたくさんありました。

運転機器を見て、江ノ電にいた601に比べると、たとえばマスコンやドア扱いの機能、そのほかスイッチが揃っていて、コンパクトな仕組みになっているのがわかります。
651のほうは作業台になっているので、それぞれユニークですよね。


左の乗車ドアを開けるスイッチ。

こちらは圧力計。軌道だから速度計はいらないということですね。



運転台右側には車掌が使うドアスイッチがあります。

お店の外には71号のパンタグラフも展示してあります。東洋電機のものですね。
そしてここは、杉並区と世田谷区の境界に位置するということで、世田谷区から郷土資料館としての性質を評価されたそうで、お蕎麦屋さんをリタイアした今も博物館として開館しているのだとか。
「30歳なんてまだ若いんだからなんだって出来るよ」と応援していただきました。
で、「江ノ電のほうから来たんですが、世田谷名所がわからなくて……」と言う話をしたら、
手作りの砧線にまつわる地図や世田谷区が配っているガイドマップをくださいました。
その道のりも大変で、真っ暗闇の中、壁に手をついて歩きます。
険しい修行を暗闇に例えて旅をしていくのです。
長野の善光寺にもあるような感じの洞窟ですね。
さて、世田谷線に戻ります。

終点の下高井戸駅です。
1372mmの京王線がすぐ横を走ります。

通過列車も多く、どんどこと電車がやってくるところです。

駅前の踏切は全然開きません。
一生あかないんじゃないかという勢いで電車がきます。
高架化が計画されているようで事業用地の立ち退きが始まっていました。



高尾山カラー!

ピューロランド電車!

5000系も見れました。

新宿駅まで戻ってきました。大東急時代の幹線を繋ぐ小さなローカル線ですね。


コメント