八景島シーパラダイスのアトラクション「パラダイスクルーズ」が、
7月8日の運航をもって運航を終了するらしい。

ということで、7月6日に乗りにいってきました。
いつも見かける「パラダイス」という船。
引退してしまうとは寂しいが、しかしなかなか長きに渡り使われている船。新造船が出るだけありがたいというところだろうか。
実は先月にも訪問しているものの、強風のため欠航してしまい乗船が叶わなかったので、このタイミングになってようやくのリベンジ。

いまのパラダイスクルーズは、アクアミュージアムそばの八景島桟橋から発着している。

一階船室。暗くて露出が確保できず。

窓の外からは船首の様子を見ることができる。

船内では写真展が開催されていた。
八景島をバックにしたパラダイス号の写真が並んでいた。

7月19日から新造船「Paradice Cruise Ⅱ」が就航するためその宣伝もあった。
また乗りに行ってみたい。

船体は引退を前に白ペンで寄せ書きができるようになっていた。
きうじも寄せ書きをしているので探してみてほしい。

それでは出航。

「パラダイス」は外輪船。
この外輪が本当に動力として使われているのか(ダミーでスクリューが下についてるんじゃないか)はよくわからない。

サーフコースターとシーパラダイスタワー。
タワーにも乗りたかったが時間や天候の都合で断念。
向かいには日産の追浜テストコースが見える。

実は先日、工場見学に行ったので少し気掛かりで。
野島、夏島と緑の間を埋め尽くす巨大なコンクリート。これから一体どんな景観になるのか。

ふれあいラグーン沖で旋回し戻ります。


橋を渡った右がふれあいラグーン、ホテルシーパラダイスイン。
橋の水路の先がうみファームのある八景島マリーナ。

アクアミュージアムが見えてくる。
操舵室のドアにはキイロハギのようなステンドグラス風のイラストがあった。
すみやかにターンし、15分のクルーズが終了。
つぎの用事があり、後ろ髪を引かれるがこれにて撤収。
1993年から32年の活躍、お疲れ様でしたという気持ちと、なぜ今まで乗ってこなかったのだろうという後悔とが半々。
ただ最後に乗れてよかった。
楽しい船旅でした。

こちらは金沢八景大橋から見える西浜桟橋。
その昔は、八景島桟橋と西浜桟橋の間をグルーっと回って運航していた。
今は八景島桟橋発着となって使われていない。
……ここからは少し昔の話をしたい。

2010年、にここに停泊していたパラダイスを撮影している。えらい昔の自分。
船の奥に見えるのは、海上レストラン「鴎亭」。
今は閉店している。
パラダイスクルーズといえば、というよりも昔のシーパラダイスってみんなこんな色をしていた気がする。
色々覚えていないので古き良きシーパラを載せてるサイトの情報を参考にしながら昔のシーパラダイスについて少し写真を貼っていきたい。

シー太のロゴも懐かしい。

このパラダイスという船、静かに動いているため写真がほとんどない。

運休の日はマリーナに係留されている。

こちらも後ろ姿。

ド逆光。
とまぁ、いい写真がない。
そしていつのまにか黒船になってしまった。
横浜八景島シーパラダイスは1993年オープン。
小さい頃に家族で行った記憶も微かに残っているが、当時からアトラクションには消極的で水族館を見に行くところであった。
ある程度自分で動けるようになってからも、デートと称して何回か行ったことがあるが、もうそういう時は相手に振り回されっぱなしで船どころではなかった。
そして勉強漬けだった学生時代を終えると、仕事がしんどい時に日がな一日ペンギンを見る場所になってしまい、
とうとうアトラクションの類には乗ることなく30年の月日が過ぎてしまった。
なので魚以外の記憶はほとんどない。
八景島はもともと広大な公園の中に、遊具と商業施設とアクアミュージアムを配置した島だった。
したがって昔はマリーナももっと広く、船もさまざまな船が係留されていた。
開園当初は西浜桟橋発着のパラダイスクルーズに加え、八景島桟橋には「パラダイスライン」という、ぷかりさん橋まで60分で向かう水上バスが発着していたらしい。
当時運航されていた船について調べてみたところ、横浜八景島が「シーコムクルーズ」という日の出桟橋をベースにする会社が保有する船を傭船して、「シーコム1」「ベイ・フロンティア」という船を運航していたらしい。
参考: 『旅客船 : 機関誌』(187),日本旅客船協会,1994-02. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2811070 (参照 2025-07-07)
シーコム1はナッチャンworldでお馴染み、オーストラリアのインキャット社で建造された双胴船で、ウェーブピアサーが特徴。船の科学1990年11月号で取り上げられている。
ベイ・フロンティアは1989年の横浜博覧会で東京日の出桟橋と横浜を結んだ連絡船らしい。
船体写真やその後の活躍は調査中。
2010年代には、ポートサービスが「ぺがさす」を使って連絡船を運航していた時期もあった。

おおわだ2
横浜ぷかり桟橋への連絡船として神戸市から買った船。

サブマリンリサーチ
うみファームができた時、生簀の様子を観察するために配置された海中展望船。
三崎の「にじいろさかな号」の同型。
でもあまり中はよく見えなかったと記憶している。

ずいぶん昔、マリーナに置かれていたシーパラダイスのロゴが入った船。

2015年、伊豆箱根鉄道が駿河湾で運航していた遊覧船「チャッピー」が八景島で貸し出されクルーズをやっていたことがあり、その様子を軍港めぐりから捉えたもの。
駿豆鉄道から続く龍宮丸の末裔でしたが、静かに引退して今はハウステンボスで海洋恐竜に改造され活躍中。
もうここからは船関係なく古い八景島の写真を上げていきます。

懐かしのイルタン焼き。
小さい頃「普通の今川焼で十分」と頑なに買ってもらえず食べたくて仕方なかったやつ。
買って記念に撮影して食べるというのはこの頃からやっている。
大人になったらたらふく食べるのだと野望を抱いていたものの、

そのあと金型が変わってしまい、叶わぬ夢になってしまった。

シー太像。
髭がだんだんくしゃくしゃになってきている。

ペリカン広場のペリカンたち。

餌やりしたり、朝は水族館から池まで歩いて来ていた。

池は今も残るもののペリカンがいたことを思い出せるものは限られているかもしれない。

高さは立派だったけどあまりの高さに乗る気になれなかったブルーフォール
横浜ドリームランドにあったフリーフォールよりも後の世代の機械。

フェイントをかけて落下したり、悲鳴がほんとうにこわかった。

オクトパス。お祭り広場の方にぽつんとあった気がする。
いつのまにか消えた。

バイキング。
同じ西武系でも豊島園ではパイラットと呼ばれていた。

ウォーターシュート。
じつは明治時代には日本にあったという、歴史ある遊具。豊島園にも戦前からあったのだとか。
この設備は西武園から移設されてきたと言われるもので、八景島にあったものが日本で最後。
スロープを滑り降りる船に乗り、着水時には船頭がジャンプするというので、よく本でも取り上げられていた。

その後しばらくこのように使われなくなって、
しばらくして船頭が飛ばなくなり、スプラッシュートと名前を変えるも、2019年には姿を消し現在は更地になって池だけが残っている。

島内遊覧バス「アラモ」
開園当初に走っていた遊覧バス。
船に興味なかった頃はこちらが好きだった。
サンフランシスコケーブルカー風のスタイルで、どうやら伊藤忠が輸入してきた車らしい。
これもいつの間にか姿を消してしまった。
ケーブルカーコーヒーだけが当時の面影を残している。

二代目周遊バス「アララ」


シーパラダイスタワーと。
今のバスはトヨタコースターになったが、いつ変わったのかはわからないくらいには、学生時代にシーパラに縁がなかった。
今の若い子はどれくらいのペースで遊びに行くんだろうか。

シー太の構内自動車とか。

華やかな頃のカーニバルハウス。
この頃はまだセガが直営でやってたのかな。

ラッコがいた頃。

いまや鳥羽水族館にいるだけ。

ジンベエザメがいたころ。
話題になったな、とか。

色々とか懐かしい思い出が。
自分が見ていたシーパラはとても景気が良い時代の産物で、今はもう違う路線を走り始めていて、取り残される前に遊べるものは遊んでおかないとっていう気持ちを強く持っています。
今度はシーパラダイスタワーに登りたいですね。
八景島の風景写真、絶対ほかにも撮ってるはずなんですが見当たらず。
また探して機会があったら上げようと思います。
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