同人即売会を主催するようになって、あれやこれやと運営側の人の声をよく聞くようになりました。
色々課題を抱えていたり、だんだんしんどくなってきてたり、というのを聞いています。
よみもの市でもいろいろな課題はありますが、継続性こそ重要だと思いますので、少なくともビルがなくなるまで続けていくためにどうやって気軽にイベントを開催するかを考えています。

さて、きうじは同人作家である前に、ITシステム開発を本業としている会社員であります。設計、開発、試験、あるいは子会社への作業依頼など組織的な開発プロセスを一通り経験してきたつもりでいます。私もそこまで頭の回る人間ではないですが、どのようにイベントを企画し、開催するのか。その基本となる思想をもとに、どのように工程を進めていくかお話ししたいと思います。

同人誌即売会とITサービスは似ている

何を言っているかわからないと思うのですが、私が気づいた共通点についてお話ししましょう。
ITサービスの使命とは、システムの利用体験を通じて、エンドユーザーに価値を提供し、クライアントのビジネスを成功に導くことです。
一方即売会の使命は、即売会に参加してその体験の中で、行ってよかったと一般参加者に感じさせ、それをサークルの売上や交流の体験として提供することにあります。

なので主催者は、例えばスマホアプリを開発して利用者に提供するのと同じプロセス・思想を使って、同人誌即売会を企画運営することができるのではないかと考えました。
なにより、サービス開発に必要な知識や経験は経産省のもとで策定がされ「基本/応用情報技術者試験」などの国家資格によってその水準や勉強すべきこともはっきりしています。
※主催者たるもの、3ヶ月勉強して当日早起きすれば取れるような資格は取れるべきである、という意味も込めて。

これをさらに応用することで、商業ソフトの世界の基本的な考え方である「手をかけずにお金を稼ぐ」思想を「少ない人手で楽しんでもらう」に繋げようというのが、このドキュメントの趣旨なのです。


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チャッピーに作らせてみた絵を貼る。

こうして生まれたのが、湘南よみもの市なのです。なので世間の即売会のセオリーからだいぶズレています。
むしろ、湘南よみもの市2のあと、リットルさんの「ストロングスタイル・同人誌即売会の開き方」を読んで、同人誌即売会の豊富な経験からくるアンチパターンをいくつか踏み抜いていたことに気づき、よみもの市3でその改善に至った、というくらいの状況でした。

逆に、先にこのブログに出会っていたら、私は即売会なんてものを開こうと思わなかったでしょう。セオリーに沿ってやるというのは、幹事として具体的に考えれば考えるほど難しくなってくるのです。
※誤解がないように補足すると、これはリットルさんのブログがわかりにくいというわけではありません。リットルさんが経験的に獲得している即売会のノウハウは、実際にトラブルに嵌ってみると先人として抜け出し方を指南してくれるので、とても価値のあるブログであることは保証しておきます。なので、一度自分で制度設計をしてから、こうした記事を読んで自分の考え方を「点検」してみることは非常に効果的だと私は思います。

きっと即売会を志す人の中には、そうして「あれやらなきゃ、これやらなきゃ」と思い詰めて行動を断念してしまった人もいるでしょう。
この、難しさと行動の間のギャップを埋めるための方法を、これまでのIT業界での仕事経験の中で、あるいは学生時代の創作活動の中で養ってきたから、よみもの市を継続して開催できているのです。その一例を少しご紹介したいと思います。


ITサービスの品質

まず、よいものを素早く作るということを考えた時に、ソフトウェアの品質という概念について説明する必要があります。
「品質」とは「お客様と約束したことを実現すること」と言えます。
さらにいえば、長期的に開発するソフトウェアでは「過去に約束したことを今も実現できていること」も重要となります。

品質が高いソフトウェアとは、ざっくり言ってしまえば「顧客が要望した機能が実現されているソフトウェア」ということになります。

なのでイベントの品質とは、価格が魅力的かどうかだけでなく、申込がしやすいとか入場がスムーズかとか、いろんなところに現れます。


品質・コスト・納期の綱引き

製造業の世界ではよくQCDという言葉が使われます。
  • Q Quality・品質
  • C Cost・コスト
  • D Delivery・納期
現場猫界隈ではSaftyを足してSQCDと呼ばれます。
もっと日本語的に言えば
「うまい、やすい、はやい」でしょうか。
しかし、うまいほど、はやいほど、高くなるのが現実です。価格転嫁といいますが、同人誌を書いたことのある人なら3日印刷より10日印刷の方が安いことは経験的に理解しているでしょう。
なので、基本的に両立にはなんらかのカラクリがあります。即売会も同じです。よいものをつくるにはリソースが必要です。その取捨選択が重要になります。
SNSで即売会学級会を見ていて感じるのは、リソースに対する過剰な品質要求が呟かれているこたです。

過剰品質の例を言うと、たとえば某ミラノの風を感じるイタリアンレストランの注文システムが、ボタンを押してから0.03秒以内に注文が確定しないと客を怒らせるかというと、そうではないわけです。むしろ0.03秒のためのコストのせいでミラノ風ドリアが1500円になってしまったら本末転倒ですよ。
ということで、予算の限られる小さなプロジェクトでは過剰品質にならないように管理することも必要で、品質、コスト、納期のバランスが求められるわけです。
そこで自分の軸を持って、万人受けしないけどやすいとか、うまいけど高いとか、そういった選択をして、過剰な品質要求を突っぱねるのが、イベント主催者の肩に乗る最初の責任だと私は考えています。


品質・コスト・納期の不確実性と向き合う

サービスを提供する上で課題になるのが、品質やコストを見積もっても結果と乖離すること。この見積もりは見積もりなのでどうしてもズレます。
このズレが、責任者の体力を削っていきます。
100人くると思った時に0人だったら困るじゃないですか。入場料500円とってたら50000円の赤字。これを笑える主催と笑えない主催がいるわけです。困った参加者がいてトラブルに手を焼いたり、思わぬ待機列発生に考慮漏れがあって嫌味いわれてメンタル消耗しちゃう人もいるでしょう。

私が思うに、非営利の世界では見積もりと結果がブレるというのは、金銭的というよりもメンタル的な消耗が大きいものです。消耗しないメンタルを身につけなさいというのが私の最初の提言ですが人間それぞれのキャパシティがありますので、キャパを超えないようにコントロールする術をいくつか紹介します。


JRや銀行が使ってるような大規模システムでは、このブレ幅が一気に億円とか兆円とかに膨れ上がってしまいます。

従来のIT業界はこの課題を、建設業的なプロセスで解決してきました。
立派なビルを建てても非常口を作り忘れたり、作ってから耐震強度が足りないと分かったら大変だからです。

なのでシステムに対して顧客の要望が取りこぼされてないか、検査でどうやって抜け漏れに気づくか、これを3年とかかけてチェックリストを作るなどして、一つ一つ作り上げて、完成に向けて進めていくわけです。
さらに、納期を守るために、大きな組織を動かすための緻密なスケジュールを立て、それに向けて動いていくものです。

大規模イベントの実現手法を観察する

私が知るもので、不確実性を排除する仕組みとして頂点にあるものがあります。
それが、プラレールのダイヤ運転会で知られる「天通団」の工程表。

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もともと理系大学のサークルを母体にしていることもあってか、土木的な知見が広く活用されていると感じています。
実際のITの世界でもこういった工程表を作成し、管理していることは一般的ですし、多くの即売会運営マニュアルでもこうした大規模な線表が引かれているのだと思います。

不確実性を排除するには体力がいる

しかし、小さいイベント、たとえば我々がやっている「湘南よみもの市」のような個人開催のイベントでは、そうはいかない事情があります。

工程管理というのは、それだけでひと仕事。
本業の片手間で、趣味でやるというのは、なかなか骨の折れることです。

プレイングマネージャーという、コードを書きながら工程指示を出す人もいますが、そんな人は一般的なSEとしては稀なのではないかというのが私の感覚です。

そこで、ソフトウェア開発の場で使われる「管理工数を削減して成果を出す」手法について、いくつか紹介しましょう。

不確実性を受け入れるイベント運営とは

小さいイベントでは、不確実性を排除せず、受け入れることによって運営側のリソースを確保するのが良いと私は考えています。

なぜこういうことをいうかというと、
たとえば企画構想段階で、何サークルが集まるかとか、何人一般来場が来るかとか、考えても結局はわからないんですよ。
企画段階で「こんなふうに盛り上がりたい」と色々考えたい人はいると思いますが、しかし影も形もない物に対して当日の盛り上がりを考えたところで、どうせブレるので時間の無駄だというのが私の見解です。

不確実性を受け入れる方法は色々ありますが、
その中でも脅威となるものがリスクと呼ばれるものです。
リスクアセスメントにおける管理手法には主に4要素が挙げられます。
  • 回避: 発生要因を排除する
  • 軽減: 発生時の影響を小さくする
  • 転嫁: 保険や免責などで第三者にリスクを負ってもらう
  • 受容: 些細な問題、または滅多に怒らない問題として、脅威を受け入れる

実例で言うと、よみもの市を入場無料にした理由は、こうしたアセスメントの結果であります。
入場料を取る場合、入場料を確実に支払わせるプロセスや、再入場のために必要な支払証明など、検討事項が肥大化します。肥大化した検討課題は失敗した場合、大きなトラブルになる可能性を孕んでいます。イベントの実現性を不透明にしていき、さらに透明化するためにリソースを食うという脅威があります。
なので「入場無料として集金について考えない」という結論を出すことによって、こうした脅威を回避したわけです。
もちろん会場代がペイできないみたいなリスクが出ますが、会社員である主催者はポケットマネーで補填できるので、金欠リスクは受容したわけです。
別の問題が新たに浮上したとき、また検討の機会が出てくるのかもしれません。

常に開催可能なイベントを作り続ける

はっきり言うと、私はイベントの準備のためにマイルストーンをいちいち準備するのがとにかく無理なタイプの人間です。
ではどのようにして、普段からイベントを開催しているのか。とても簡単。
「出来ることは、やる」
「がんばれば出来ることは、がんばる」
「出来ないことには、手を出さない」
これを徹底しているだけです。

テスト駆動開発という手法があります。
これは、「初めにテストを書き、そのテストが直るようにプログラムを改修する」ことの積み重ねにより、継続的に動作するコードを作るプロセスです。


これをイベント運営に置き換えるとしたら、「常に開催可能なイベントを維持する」ことを目指して、阻害要因を一つ一つ排除し、計画を推進することになります。
極論、2つのサークルがあり、互いの新刊を交換すれば即売会は成立します。極論、ループ線と車両と動力源があれば、運転会は成立します。ここから付加的にイベントの価値を向上しながら、明日やると言われても開催できるイベントが実現できるわけです。
2サークルが3になり、5になり、10になり、18になっても実現できるイベントであり続けたいと思えば、その拡大の阻害要因はサークル数の差分に眠っています。サークル数を増やし過ぎて問題が出るようであれば、問題に対して手を打つか、もしくは元の10とか5サークルに戻すという手があるのです。
このように、容易に見積もりできるスケールで経験を積むことで、経験的に不確実性を排除することができます。さらに、チームが一丸となって経験することで、経験からの相対的な見積もりによって、さらにチームが不確実性を受け入れやすくなります。


スクラム開発

スクラムとは、ラグビーのスクラムのことで、
管理する側、管理される側という枠組みではなく、全員が自己管理によって一つの目標へ迅速にアプローチするために考案されたプロセスです。

よみもの市ではこんなところで使われています。

  • 反復的な開催
  • アンケートを取る
  • 小規模開催を着実に繰り返す
  • 常連参加者によるノウハウ共有

スクラムの思想の母体は、「トヨタ生産方式」と言われていますが、その柱は2つ
  • リーン手法
  • 経験主義

リーン手法

リーン(lean)とは無駄の排除を指します。
本質に集中し、必要なことに注力することを指します。
目の前の問題に集中し、アウトプットの本質から逸れた作業を排除していくことを、計画・実践の両方で追求するのです。

よみもの市を夏コミ冬コミの間の初夏に開催したのは、反復的に学習して知見を習得することに重きを置き、かつドキュメント管理にかける時間的コストや管理工数を削減する狙いがあります。

つまり私はイベントの運転手であり、全員を助手席に乗せているのです。助手席に座っている皆さんは、もうどこに標識があり信号があるのかを理解しているので、4ヶ月後にドライブする時、私が居眠りをこいても誰かが代わりにハンドルを握れば同じように運転できる。そういうプロセスを目指していきたいわけです。


ドキュメントというのは、確かに大規模プロジェクトでは重要になるわけですが、例えば祭囃子というのは紙のドキュメントがなくてもつつがなく進行されるわけです。
「なければならない」を疑って進めることでコストを減らし、即売会運営のリソースをもっと攻めた価値向上に費やせるのです。

しかしそのためには、サークル参加者、一般参加者の協力が不可欠です。一般的な即売会よりも各々の責任が重たくなってきます。サークルとの間でミスマッチを起こすこともあるでしょう。
しかしこの文化が浸透すれば、すくなくとも運転会など身内のイベントは非常にやりやすくなると思います。
実際に、大規模なプラレール運転会では、マネジメントが機能しながらも、末端では自己組織化したパフォーマンスを見る場面があると感じています。つまり参加者が誰かに管理されずとも自分が何をすべきか理解していて、それが行動に現れているということです。彼らを見て、このイベントは非常に成熟していると感じたのでした。

経験主義

経験主義とは、説明が難しいですが、ざっくり言うと、
最初に完璧なスケジュールを作る前に、手を動かして反応を伺え、という考え方と説明するのが良いでしょうか。

知識は経験に生まれ、意思決定は観察によって得られます。そのために、透明性・検査・適応という考えで開発を進めていきます。


・透明性
チーム全体が何をすべきで、どこに向かっていて、そこにどんな課題があるのか、全員が理解し全員で課題を解消することが必要という意味です。
これを達成するためには、運営も透明化して、運営が抱えている問題をサークル参加者も一般参加者も同じ問題と捉えて、集中して解消する必要があります。


・検査
行動に対してフィードバックを行います。反復的に仕事を継続していく上では、この改善の積み重ねにより組織のアウトプットを最大化することと、将来的な見積もりの精緻化に役立てるわけです。
よみもの市で売り子含めて反省会をするのと、アンケートを書けと声高に言うのはこのためです。みなさま忌憚なくご意見をお聞かせください。


・適応
フィードバックされた改善点を着実に進めることで、最適化していきます。
ここで重要なのは、改善点はたくさん出てきても、重要なものにフォーカスすべきです。一番重要なものにまで絞るくらいが良いでしょう。なぜならば我々には本来達成しなくてはならないミッションがあり、適応のためのアクションはそれよりも価値があると見なされるからです。
その最重要な課題を解消してから、つまり2番目の課題が最重要な課題に昇格してから次の課題を考えれば良いのです。
こうすることで、本来コミットすべき価値のインクリメントと、成果を最大化するための施策が進んでいくのです。

アジャイルな即売会の実現に向けた壁

そうは考えてもうまくいかないものです。
「アジャイルに即売会を進めたい」って言って、みなさん理解できますか?
知らなければ伝えるしかないわけですが、このマインドセット教育を参加者にするためには、私からするとなかなか高度な言語化スキルを求められます。私の文章を読んでる人はわかると思うんですが結構論理が飛躍してしまってて伝わらない文章を書いてしまうので。

でも、即売会をより良いものにしていくためには、主催やスタッフだけでなく、自治された文化づくりとその地盤となるマインドセット教育が欠かせない、というのが私の見解です。

例えば、火を見た時点で消化器を取りに走れる人材を育てていきたいのです。「消火器が欲しいと言ってくれれば持ってくるのに」というas-isの状態から、次のよみもの市までにどういった施策を打てば、より自律的な即売会が作れるかを考えているのです。

さて、言語化という課題を取っ払って、アジャイルに即売会を実現するとはどういうことか? ということなんですが、じつは湘南よみもの市の1回目の立ち上げがそのモデルケースだったわけです。

ね、あの時を振り返ったらアジャイルっぽくないですか? と言いたいのですが、たぶんここをもっと噛み砕なことをどこかでやりたいと思います。

いっぽうで、イベントの宣伝を自発的にやってくださっているサークルさんや、口コミでよみもの市のことを発信して興味を持ってくださったりしている方の声をよく聞きます。

広報まで力を入れていないのですが、それはトラブルなく即売会を開催させることにリソースを全振りしたので、告知などはポスターや新聞社などに丸投げする施策をとった、という背景があります。したがって、こういう自主的な活動には本当に助かるとともに、勝手に感動しておりました。

今後の期待

イベントを開催するのは難しいし、その責任は重たい。しかしなぜ責任が重たいのかをきちんと考え直した方がいいと思うのです。
それは本当に幹事の責任範囲なのか、と。
もちろん金を預かる、会場や近隣に迷惑をかけない、と言う責任はあるでしょうが、なにも全てが1人で完結することではないだろうと思ってます。

ソフトウェア開発の場では、名簿の上で管理者が責任者であっても、チーム全員、とくに成果物を生み出す開発者自身が、責任あるプロフェッショナルの一員として、プロダクトに対する課題解決に一丸となって取り組んでいます。あるいはマネージャーとリーダーという呼び方をあえて使い分けている組織もあるでしょう。
趣味になったからと言って、経済的な効果がないからと言って、これが急に成り立たなくなることはないはずだと信じているのです。
本を書き、売って、読み手とコミュニケーションする。こうした習慣に関しては、少なくともポッと出の私よりも豊富な経験をお持ちのはず。

軽量なプロセスで即売会が頻繁に開催され、誰もが自由に自らのアウトプットを読み手に届けられる時代が来ることが私の夢です。
湘南よみもの市は、あくまでその実現手段の一つに過ぎません。しかしよみもの市にはどんなに頑張ってもビルの取り壊しという寿命があります。
準備しないイベントのノウハウを広げて、参入障壁を下げる。そして後続イベントの興隆に繋げたい、と思っていたりします。