労働力不足から縮小が進む路線バス。
とうとう京急バスが5月10日を以て大船駅から撤退することになりました。

昨年5月の江ノ島撤退の時は、寂しさこそあれど、他と比べたら観光路線であり、並行するモノレール・バスもあり、他の路線を維持するためなら仕方ないよねと諦めもついたのですが、そこそこ大きな大船と、さらには鎌倉山の撤退、そこに江ノ電が参入すると聞いた時は驚きました。
前にも当ブログで触れていますが、大船〜鎌倉山〜龍口寺前までの道路は京浜急行の私道でした。

そのため上空を走る湘南モノレールも京急グループだったことがあり、乗務員の仕草などは京急流を感じるところがあります。
そんな路線から撤退というのですから、やはり時代の変わり目とはいえ寂しいものがあります。
この歴史を遡ると、昭和初期の日本自動車道という会社について知る必要が出てきます。
昭和初期、菅原通済という実業家が、鎌倉山に高級分譲地を造成して富裕層に売るビジネスを構想しました。そしてそのアクセス機関として自動車専用道路を建設し、住民は無料で利用できるバスを運行することにしました。
菅原は当時役員を務めていた江ノ島電気鉄道に出資させて日本自動車道を設立。さらには江ノ電に鉄道免許を根拠にした土地収用をさせ、その土地を道路に転用するなどアクロバティックな方法で有料自動車道路を完成させるのです。
拙著「日本自動車道のはなし」で色々書いていますが、あまりにニッチ過ぎて不良在庫になっていたところ、廃止が決まってから急に売れちゃいまして。
最近入手したもの含め、ブログでもいくつか手持ちの資料を紹介したいと思います。

「江ノ島鎌倉遊覧案内」日本自動車道発行
鎌倉山から大仏を抜け長谷に出るルートも戦前からありました。こちらは今のところ、引き続き京急バスが1本/hの頻度で残すことになるようです。

江ノ島口から大船経由お茶の水行きの国鉄連絡乗車券

「小学生用通学回数乗車券」日本自動車道
1938年に三浦半島進出を目論む京浜電鉄の傘下となり、41年には買収され、大東急への戦時統合と戦後の解体を経てもこの道路は京浜急行電鉄が保有する道路となっていたのです。

大船~深沢の通行券(昭和40年頃)
大船観音と龍光寺をあしらった通行券。
バスと同じ、京浜急行電鉄の自動車部が管理していたことがわかる。

自動車道通行券(日時不詳)

昭和63年、目白山からの藤沢市内区間を残した晩年の有料道路通行券。
深沢、目白山などに料金所が設置されたものの、
既に生活道路化していたために裏道で迂回したりと色々な話が残っています。
京浜急行電鉄の社史を色々漁っても有料道路についての公式な記録は少なく、
こうした地域の方からの証言を聞き取るのが精いっぱいという状況です。
今回バスを廃止する背景としては、大船が飛び地のようなターミナルになっていて、乗務員繰り的にも鎌倉駅発着の路線に絞りたいという思惑があるのでしょう。
江ノ電バスの湘南車庫の方が近くですし。
しかし資料にあるようにかつてはかなり強いナワバリであったことはみなさんにも知っていてもらいたいわけです。
1月末をもって減便、5月中を目標に譲渡の認可がおり次第廃止というスケジュールで進められ、最終的に決定した日付は5月10日となりました。
路線の様子をいくつか記録しているので紹介しましょう。

江の島系統が廃止になって新しく上貼りされたバス停も役目を終えます。

この日は減便になる前、梶原口のグルメシティに訪問するために
梶原行のバス(船2系統)に乗って終点、梶原まで行ってみました。

梶原という停留所は道路上にある普通の停留所です。
この先桔梗山への路線はすでに廃止され江ノ電バスのみの路線となっていました。
バスは少し進み、旧野村総研の門の前の土地を利用して展開し、大船駅方面へ戻ります。

ここには1時間に1本バスが来ていましたが、
2月からは2時間に1本に半減されました。
この系統は江ノ電バスが引き継ぎますが、この減便後の本数を基準に路線を引き継ぐようです。

グルメシティ(1月末に閉店)とこまわりくん。
パーキングの看板に残る、通称「ダイエー矢印」に注目です。

梶原山住宅地の入り口には立派な花壇があります。
この船2は右折して深沢方面に向かいます。
左折して鎌倉方面に抜ける路線(鎌2)は2025年の再編で廃止となっています。
続いては船5、諏訪ヶ谷循環です。
諏訪ヶ谷というのはバス停名で、おそらくは片瀬諏訪神社の反対側にある谷だからかなとは思いますが、場所でいうと片瀬山駅の近くです。

湘南モノレールの駅名は既存バス停と揃ってないので、この辺りの路線網は非常にわかりづらい。おまけに赤羽とか、江ノ電しか止まらない停留所とかあるんですよね。

バスが来ました。

モノレールはこのタイミングでは見れず。

諏訪ヶ谷は降車専用バス停と乗車用バス停があります。
朝9時台は時計回り、11時以降は反時計回りに走ります。

ここで5分ほど時間調整するので、高確率でモノレールと絡めることができます。逆光なので曇りや日没などに限られますが。

西鎌倉というバス停はもともと住宅地のバス停として存在していて、モノレール西鎌倉駅よりも古くからここにあるようです。ここは引き続き江ノ電バスの片瀬山系統が走ります。
ここからは藤沢駅〜片瀬山〜湘南車庫という路線が主に走っています。ほかに津村行きや、片瀬山循環という手広までぐるっと回る路線がたまに来ています。
面白いのは赤羽という停留所で、津村からの江ノ電バスは止まるのですが京急バスはバス停がなく、西鎌倉入口まで通過します。そういう話も過去のものになります。

大船工場に来ました。
江ノ電バスになっても大船工場のままだそう。

町屋の近く、山崎という停留所があります。
江ノ電バスにも山崎という停留所があり、これは鎌倉武道館の方にあります。
江ノ電バスが引き継ぐと同じ名前のバス停が混在するので、このバス停は江ノ電の「湘南山崎」に改名されます。

大船工場からバスに乗ります。
ちょうどモノレールと並走してきました!
鎌倉山を超え、反時計回りに循環経路をぐるっと回って津村へ。

ここの停留所もおしまいです。

西鎌倉駅の跨線橋に改札がついていたのも今や昔。

最後に日が暮れてから、諏訪ヶ谷で時間調整中のバスを。

いっぽうで、これから新たにこの専用道路に参入する江ノ電バスでも動きがあります。

すでに専用道路では教習車が走っている姿が見えています。


西鎌倉駅の東側は県道腰越大船線。
西側は市道大船西鎌倉線(旧専用道路)。
見た目はロータリーですがかつては有料道路。
かつて江ノ電バスはこの専用道路を避けるため、転回すら避けてツーマン運行をしていたほどにこのナワバリは強かったわけです。
さて、この津村界隈で江ノ電バスの再編も行われます。
N65系統、新鎌倉山循環の改編とフリー降車廃止というもの。
ド日中3本は乗る時間は取れなかったので歩いて記録。

南鎌倉。西鎌倉の東、新鎌倉山にあるんですよ。
5/10で廃止されます。

新鎌倉山1番から4番のうち、2〜4が廃止になります。

住宅街をぐるぐる回りながら、フリー降車で家の前で下ろしてくれるというシステムだったのでしょう。
これも11時〜13時と、とても通勤通学の需要を満たす路線には見えません。荷物いっぱいの買い物需要なのでしょうか。
日本自動車道の百年の歴史が終わるという見方もできますが、一方で道路建設に利用されたかつての出資者、江ノ島電気鉄道の手にようやく免許が戻ってきたという捉え方もあるのかもしれません。
しかし鎌倉山に行くってかなり大変になりましたね。鎌倉方面は隘路で1時間に1本。大船方面はあんなに立派な道路がありながら2時間に1本。
檑亭とか地図では近くなんですが、時刻表からだんだん遠のいていきます……。
そういえば、船4 大船~鎌倉山 も10日で廃止です。
とはいえこの系統、すでにすっかり整理されてしまい、
朝1本、夜2本、大船→鎌倉山の片道があるだけという路線になっていました。
車庫に帰るための回送便なんでしょうか。

2013年撮影の一枚。
前はモノレールとバスって、タイミングが合えば並ぶ程度の乗り物だったんですよね。
それがいつのまにか、バスに合わせて狙わないといけない乗り物に…。
当時の時刻表をカメラに収めていないことが悔やまれます。

思えば、はとバスと共同運行だった定期観光バスもいつの間にかなくなり、

ポニーがひしめく大船駅は一足早く江ノ電バスに代わって。
どんどん景色が変わっていきますね。
長年お疲れさまでした。
コメント
コメント一覧
御著『日本自動車道のはなし』を、是非読みたいです。
何とか入手できる方法はありますでしょうか。
さて、廃止の背景ですが、京急バスが2024年10月に関係自治体に提示した文書
「三浦半島地区の営業所再編について」によりますと、
再来年を目途に鎌倉営業所が廃止され、逗子高校跡地に移転予定の逗子新営業所に
統合されることになっています。
文書によると、新営業所は「主にJR逗子駅を起点とする逗子市内および葉山町、鎌倉市への路線を担当」となっており、
今後は鎌倉駅発着路線にもメスが入ることになります。
つまり、計画通りになれば、大船どころか鎌倉の大半から撤退ということになります。
ちなみに逗子市では、文書が提示された年に再編後の交通計画の検討が始まっておりますが、
鎌倉市では現在に至る1年半の間、当局も市議会も無反応です。
一鎌倉市民様
コメントありがとうございます。
なんと鎌倉営業所自体なくなってしまう計画なのですか!
操車場として残すようなこと書いてありますが、インパクトが大きいですね。
りんどう号の今後も怪しいですね…。
三浦半島はバスがないと生活が大変な険しい地形の場所があるだけに、どうやって暮らしていくんだろうと不安になるところも多いかと思います。
「日本自動車道のはなし」ですが、若干数あるので、5月17日にフジサワ名店ビルで開催される「湘南よみもの市」に持参予定です。
あとは、鎌倉の図書館にでも寄贈しておこうかなどちょっと考え中です。
江の島系統がまだ走ってた頃の作品なので、鎌倉営業所がなくなるころに増補するのもよいかもなと思い始めました。
張り紙一枚での京急バスの減便 撤退には公共交通としての立場を疑問に思います。何となく敵対視?していた江ノ電バスが引き継いでくれたことには感謝と安堵です。大型バスやミニバスの教習車がが日々 見かけ嬉しいです。江ノ電形のミニバスを見かけました。まさに江ノ電です。楽しみにしています。
高齢者が増え免許返納をしても日々 生活をしていく為には公共交通は必須です。通院もバスしかありません。ネットだけでは生活できないのです。
レイコさま
貴重な料金所のお話ありがとうございます。顔パスで通行できるというのはユニークですね。住民の方は割引とかあったのでしょうか。
江ノ電色のバスというのはおそらく、3月に導入された新車の電気バス1903号車の事だと思います。あれが教習に入っているということは、いずれミニバスdネオ運行もあるのでしょうかね。深沢まではすでにミニバスで入ってると思います。
バス業界全体の運転士不足という背景からすると、労働問題に対する国の失策という気もしていて、なかなか会社としての責任を問うのも難しいと考えてしまいます。
他の方からコメントいただいていますが、どうやら京急バスは三浦半島の自治体に対して以前からSOSを出していたみたいなんですよね。
集中力・体力・重責・かつ拘束時間のながい路線バス運転という仕事にたいして、相応の給料が払えないビジネスになっていて、むしろ江ノ電バスだって大変な状況なのは同じだと思っていて、ちょっと心配しています。
公共交通に対しては全体的に、些細なことでも日々利用して収益を改善する活動が必要に感じています。