鎌倉海浜公園の由比ガ浜地区の一角に保存されている江ノ電107号車。
以前、連結器が装着された写真やその外観の特徴についてまとめました。
台風で破損したのち、修復完了後もコロナで公開停止。
しかし6月下旬から鎌倉市の公園の東屋などの利用が再開され、
その一部としてか、車内公開が再開されたようです。
やっと車内の確認ができるようになったので、
一通り見た様子を紹介したいと思います。

現在は潮風や砂の直撃を避けるためにネットの中に居る107号
フェンスの中には入れないので、外観はほとんど見えない状態です。

2009年、かなりきれいに直してもらったのですが、
10年経っていよいよ構造的にもボロボロになってしまっている様子。


車体に空いた穴を
パテのようなもので埋めているようです。

ウィンドウシルは別の部材で覆うことできれいにしています。
種車にあったリベットはなくなっています。
さて、こちらが車内です。

客室の様子です。
屋外保存ということもありシートモケットは撤去されています。
もとはニス塗だったそうですね。

電球など一部壊れていますが、中を見るところ、木造部品は形をとどめているようです。

ただし、路面電車時代から色々改造されているステップ部分は、
劣化が激しいためか出入り口として使用している一か所を覗き使用停止となっていました。


このタンコロは静態保存車なので運転台にも入ることが出来ます。

かつてパンタグラフを固定していたひもの穴が残っています。
ここから運転機器を見ていきます。
↓108のデータはここにあります。
なお、前提情報を整理しておくと、
107と108は、元空気ダメの向きが異なっています。
これはまだ確実な情報にたどり着けていないのですが、
かつて極楽寺検車区にデルタ線があって、
潮風を受けやすい海側だけが腐食しないよう、
定期的に車両の向きを入れ替えていたという話があるのです。
私もデルタ線の写真自体は見たことがあります。
1946年米軍撮影の航空写真などを見れば、
今ゴミ置き場になっている場所に向かって車両が置かれているような影が見えるでしょう。
https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do?specificationId=1186227
しかし、その写真は廃車置き場として利用されているものばかりで、
方向転換として使われたのが本当なのかどうかよくわからないのです。
ただ、事実として、空気ブレーキに関するコンプレッサーや元空気ダメの向きが
107と108で反転していて、製造時とは異なる向きをしているのです。
ところが、その後の改造で設置されたZパンタの向きは揃えられていたので、
これが107と108の内部構造の差異になっています。
つまり、取り付け位置によって車両部品の設置年代を以下の2種類に分類でできます。
- 新造時についていた部品
- 後年の改造で取り付けられた部品
この車両は海浜公園に設置されるとき、現役時代とは逆側を向いて設置されました。
したがって本記事では、
107号が現役最晩年の時の向きを藤沢向き、鎌倉向きと定義して、
保存車としての向きは180度方向転換した状態に読み替えて記載していきます。
藤沢側の機器を紹介。

遮断器は東洋電機製です。銘板は潰れて読めなくなっています。
108では三菱電機製でした。
鎌倉側の遮断器は、
東洋製の108に対し、107では神鋼鳥羽製というもの。

どこから持ってきたのだろう・・・。
鳥羽と言ったら日車が作った車両のものでしょうか。
それとも、神鋼というところからして川崎造船の105由来の部品?
マスコンは、藤沢・鎌倉両方の向きで三菱製です。
鎌倉方

藤沢方

ただし東洋電機の蓋が溶接されています。

108のスイッチです。
左から「ブザー押ボタン」「室内灯」「空気圧縮機」「(判読不可)」となっていたはずの部品。

あとで調べたところ、ブザーがついているところはかつて電鈴がついていたそうです。
新潟鉄工所が製造した時の仕様書を取材した記事が国会図書館にあり、
この辺だと湘南台の図書館にあるPCで読むことが出来ます。
内装の塗装についての指定もありました。
107のスイッチ類ですが、
部品が落ちたうえに銘板が塗りつぶされ、読めなくなっています。

判読不可な縦長の部品は横向きになっていますがあり(ヒューズが入っている?)、
空気圧縮機の稼働を示すスイッチもありそうです。
カノピースイッチは室内灯のものでしょうか。
中央の四角い部品の用途が読み取れませんね。カノピースイッチは室内灯のものでしょうか。
前照灯のカノピースイッチがあるのかもしれません。
続いて鎌倉方
108鎌倉方では前照灯の装置が目立ちます。

こちらが107鎌倉方の部品
ブザーと予備灯の表示器らしきものはあります。
銘板が読めませんが、文字数からして前照灯尾灯切替もあります。
保存の差異に撤去された可能性もありますが、そうであれば銘板だけ残るかもしれません。
サイズと銘板がないことからして白い横長の資格は予備灯継電器でしょう。
右のザルみたいなのはブザーが入ってそうですね。
とりあえず、運転台上の部品は配置こそ違うもののほとんどが揃った向きで設置されており、
中の電気配線などもあれこれやっているうちに変わっているのでしょう。
空気圧縮機も含めて配線は後年の改造で揃えられていると見てよさそうです。
ちょっとわからない点が想定より多いので、困ってしまいますね・・・。

一つ特筆するべきは、
運転台の警笛のスイッチが、藤沢方と鎌倉方で異なっている点。
こちらが藤沢方

そしてこちらが鎌倉方

この穴の下が本来は警笛のペダルになっているはずなのですが、
どういうことか穴は塞がれています。

鎌倉方に至っては、穴すら見当たらない状態です。

この丸をタイフォンにするには空気管が近く、
足を置くのが難しい気もします。
連結器を取り付けたときにタイフォンの設置位置を変更したのでは?
という仮説を立てて調査してみたんですが、
まさかタイフォンの痕跡がないとは・・・。
足回りにはちゃんと台座がついているので、潜れば正確な弁の位置がわかる?
しかしフェンスの向こうでは調べようがない・・・。

ということで、今回は連結器取り付け試験に迫る調査の報告をしたかったわけですが、
何もわからんかったです・・・。
水津式連結器の構造に詳しい人とか呼んでこないと、
取り付け可能だったのかの議論もできないですね・・・。
ちょっとわからない点が想定より多いので、困ってしまいますね・・・。

一つ特筆するべきは、
運転台の警笛のスイッチが、藤沢方と鎌倉方で異なっている点。
こちらが藤沢方

そしてこちらが鎌倉方

この穴の下が本来は警笛のペダルになっているはずなのですが、
どういうことか穴は塞がれています。

鎌倉方に至っては、穴すら見当たらない状態です。

この丸をタイフォンにするには空気管が近く、
足を置くのが難しい気もします。
連結器を取り付けたときにタイフォンの設置位置を変更したのでは?
という仮説を立てて調査してみたんですが、
まさかタイフォンの痕跡がないとは・・・。
足回りにはちゃんと台座がついているので、潜れば正確な弁の位置がわかる?
しかしフェンスの向こうでは調べようがない・・・。

ということで、今回は連結器取り付け試験に迫る調査の報告をしたかったわけですが、
何もわからんかったです・・・。
水津式連結器の構造に詳しい人とか呼んでこないと、
取り付け可能だったのかの議論もできないですね・・・。
【お知らせ】
休日自衛隊では、
107の補修前の運転台写真を探しています。
また105や110など他のタンコロの写真も探しています。
何がありましたらTwitterでもコメントでも良いので連絡ください!
コメント